第二百四十四話 幼馴染のあの子みたいに


 ふと、過去を振り返ってみると……そういえば、悩んでいる時はいつも、俺を助けてくれる女の子がいたような気がした。


 宿泊学習の時は、梓が俺の背中を押してくれた。

 霜月に告白しようと悩んでいた俺を励ましてくれたのは、彼女だった。


 演劇の時は、メアリーが俺を支えてくれた。

 結局、その時の思いが実ることはなかったが、彼女が俺を助けてくれたことは事実である。


 そして、今回もまた――俺はどうやら、助けられるらしい。


「りゅーくん、ちょっと待って!」


 相変わらず、結月との関係がこじれたまま、何も手を打てないでいると……当たり前のように、一人の少女が俺に手を差し伸べてくれようとしていた。


 放課後。帰宅の途中、ぼんやりと道を歩いていた時のことだ。


「……キラリ、か」


 そこには、茶髪の少女がいた。

 以前までは金髪で、今よりも派手な見た目をしていたが、この前にガラッと雰囲気が変わっているので、未だに違和感を覚えてしまう。


 赤いフレームの眼鏡や、薄くなった化粧、丈を長くしたスカート、胸元をしっかりと締めた制服は、ギャルっぽい彼女らしくないと言えるだろう。


 だけど、その外見はやけに似合っていた。

 以前までのキラリとは違って、今の彼女は……どこか輝いて見えるのだ。


「うん、浅倉キラリだよ。もしかして、アタシのこと忘れてたわけ? そんなの寂しいじゃんっ」


 明るく笑って、彼女は肘で軽く小突いてくる。

 そういう気さくな態度が、今の俺にはありがたかった。


 まるで『元気出せよ』と言わんばかりだ。

 キラリはいつもこんな感じだ。俺の隣で明るく振る舞ってくれる……おかげで、彼女は男友達みたいに接することができるから、気が楽だ。


「まぁ、こうやってしっかりと会話するのは、結構久しぶりかも? なんかりゅーくん、元気なかったし。話しかけても反応薄かったからなぁ」


「ああ……そうだな」


 確かに、キラリはよく俺に話しかけてくれているような気がする。

 しかし、最近は彼女に構っている余裕がなかったので、あまり良い反応はできていない気がした。


「ごめんな」


「んー、別に? まぁ、アタシはちゃんと待てる女の子だから、大丈夫っ」


 謝ると、キラリは気を悪くしたような素振りも見せずに、俺を許してくれた。


「アタシの言葉、届いてたんでしょ? 最近のりゅーくん、元気はないけどすごく良くなったように見えるし……だから、いいの」


 ただ、キラリは自分で何やら納得しているようだ。

 俺の変化を感じ取って、それを喜んでくれているらしい。


「やっと、かっこいいりゅーくんに戻ってくれた……ううん、違うかも? りゅーくんは、前よりもずっと素敵になったねっ。何度も何度も、一生懸命話しかけて良かった……すっごく嬉しい!」


 ――ああ、なるほど。

 この子はたぶん、ここ数ヵ月の間も俺に何かを訴えていたらしい。

 その結果が実って、俺が劇的に変わったように勘違いをしているようだ。


 確かに俺は、少し前までふてくされて自分を『モブキャラ』だと認識していた。卑屈になって、自分の殻に閉じこもっていた。

 その間、何度かキラリに話しかけられた覚えもあるのだが……残念ながら、彼女の話はまったく覚えていない。


 申し訳ないが、キラリの言葉が俺に届くことはなかった。

 以前までの俺にとって、キラリとはただの『女友達』でしかなく……だからこそ、彼女と向き合うことも放棄していたのだろう。


(俺は相変わらず、最低のクズ野郎だな)


 改めて、自覚する。

 過去の俺がどんなに最悪の男だったのか、思い知らされた気がした。


 ごめん、キラリ……お前の影響なんて、何もないんだ。

 俺は、幼馴染のおかげで、自分の悪い部分に気付けただけで……キラリの言葉は、俺にとって何も意味をなさなかった。


 だから、申し訳なかった。

 たぶん、キラリは悩んでいる俺に救いの手を差し伸べようとしている。


 俺が困っている時、いつだって女の子が俺を助けてくれたから……今回は、キラリが同様の役割を担っているのだと思う。


 しかしその手助けを、受けるわけにはいかなかった。

 ここで彼女の気持ちを利用するなんて、まさしく過去の俺と一緒だ。


 もう、筋の通らない行為はしたくない。

 ハーレムなんていう歪んだラブコメは、もういらない。


 俺はまっすぐ生きると決めた。

 最後まで俺を見捨てないでくれた結月に、自分の全てを捧げて償うことを決意したのである。


 つまり俺は、キラリの手を借りるわけにはいかない。

 己の一途さを示すためにも、彼女の手は振り払わなくてはいけないのだ。


「ねぇ、りゅーくん? 今からそっちのおうち行っていい? 久しぶりに、色々とオシャベリがしたいなぁ……って」


 だから、その提案を受け入れるわけにはいかなくて。


「ごめん、無理だ」


 ここで仲良く振る舞うことすら、間違いな気がしてならない。

 一途でいると決めたのなら、他の異性を排除するのは当たり前だ。


 幼馴染のしほみたいに、俺だって幸せなラブコメを綴りたい。


 だから、キラリには申し訳ないが……俺は、彼女を振り払うことに決めたのである――

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