第二百四十三話 強がりの『一途』


 二月。あと一カ月ほどで、三年生は卒業を迎える。

 この時期になると、一年生や二年生の間でも少し寂しい空気が漂っていた。


 あと一ヵ月でクラスが変わる。

 友達や恋人、あるいは好きな人と離れ離れになるのは、誰だってイヤだろう。


 特に、高校生にとってクラスが違うということは、国境が異なると言っても過言じゃないほどに、隔たりが大きい。


 二年生になると修学旅行もあるのだから、仲のいい人や好きな人と同じクラスじゃないというのは、かなりの影響があるだろう。


 ――もしかしたら……あと一ヵ月で、同じクラスではなくなるかもしれない。


 その制限時間が、気持ちを焦らせる。

 それは俺にとっても、例外ではない。


(もし、来年に結月と離れ離れになったら……もう、俺の思いは実らない)


 なんとなく、そう感じている。

 クリスマスに告白して、振られて……それ以来、結月とは話すことがなくなった。


 そのせいで、俺はかなり焦っていた。

 もちろん手は打った。積極的に話しかけて、なんとか関わりを持とうと必死だった。


 だけど、結月はずっと冷たいままで……何一つ、関係性に進展がないまま、一ヵ月以上もの月日が経過してしまったのだ。


(くそっ。結月の気持ちが分からねぇ……)


 朝、登校してすぐに彼女の姿を探す。


 もし結月が早めに登校していたら、この時間で会話できるといいなぁと画策していたが、結局彼女はギリギリまで来なかった。


「――来た」


 始業三分前になってようやく結月が教室にやってくる。

 席は近いので、話をするタイミングならたくさんあった。


「おはよう、結月」


 彼女が席で荷物を整理している時に、すかさず声をかける。

 ここのところ、毎日のようにこうやって挨拶の言葉を投げていた。


「…………はい、おはようございます」


 だが、返答はいつも通り、素っ気ない。

 目を合わせることもなく、かといって照れる様子もなく、彼女は億劫そうに挨拶の言葉を返すだけだ。


「あ、うん。えっと……」


 乱雑な態度に、勇んでいた足がすくむ。

 会話につなげようと考えていたが、結月がすぐに俺から意識を外したので、会話はここで打ち切りとなった。


(やっぱりダメか)


 ここのところ、ずっとこんな感じだ。

 話をするタイミングはあっても、会話まで進展することがない。


 いっそのこと無視してくれた方がまだ良かった。

 それならもっとやりようはある。会話したくないほどに強い気持ちで俺を拒絶しているのであれば、その感情を反転させることで、一気に好意を引き寄せることだってできるはずだ。


 だけど、結月は今の俺に興味を示していないのだ。

 まるで、かつての霜月しほのように。


(俺に対して何も思ってない女に、どうやれば好きにさせるんだよっ)


 かつては、頼んでもいないのに好きになってくれたのに。

 どうして結月は、こんなにも俺に対して拒絶を示すようになったのだろう?


(変わった俺が嫌いって言ってたけど……どう考えても、変わる前の俺より今の俺がマシだろっ)


 俺には理解ができない。

 かつての俺が良かったなんて、まったくそう思えない。


 だから結月に何をすれば許してもらえるのかも、好きになってもらえるのかも、分からないままだったのだ。


「はぁ……」


 息をついて、椅子に深く腰を掛ける。

 いっそのこと結月を諦めてしまえば、もっと楽になれるのだろう。


 だけど、それでは今までの俺と同じだ。

 彼女たちの気持ちを踏みにじり、軽薄なまま生きていた俺は、もういない。


 今の俺は、ハーレムラブコメの主人公なんかじゃない。




 一途で純粋な主人公に、なりたい。




 どんなに拒絶されても、結月に気持ちを伝えたい。

 そして、この恋を実らせることが……俺の歩むべき、物語なのだから――

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