第二百四十一話 自称クリエイターによる論評

 ――物語の終着点は、いったいどこになるのかな?


「お嬢様、資料をお持ちしました」


「サンキュー♪」


 使用人の持ってきた資料を受け取って、軽く目を通す。

 そこに書かれた内容を把握したら、机の上に書類を投げ捨てた。


「読んだから、片づけてねー」


「承知しました」


 ワタシの指示に、今度は別の使用人が動いてくれる。

 適当に投げ捨てた書類を拾って、丁寧にファイリングしていた。


 まとめた資料は、壁際の棚に保管される。

 壁一面にある本棚に収納されたファイルは、もう数えることができないくらい膨大だった。


 でもそれは、ワタシにとって宝物に等しい存在でもある。

 だって、この情報たちが、ワタシの愛する『物語』を構成する設定集だからね。


 現実という世界から物語を見つけるには、膨大な情報が必要になる。

 しかもその情報には不要なノイズが多くて、取捨選択をしないといけないから、たいへんだ。


「ふむふむ、なるほどねぇ」


 それから、今度は考察に入る。

 資料で仕入れた情報を組み込んで、更に思考を深めていく。


 たとえるなら、パズルかな?

 複雑な形のピースを当てはめていくと、次第に完成図が見えてくるだろう?


 情報と情報を繋ぎ、行間を考察して、その情報の背景を完成させていく。

 そうすると、やがて『物語』が見えてくる。


 まさしく、パズルと同じだと思うんだよねぇ。


「やっと、見えてきたなぁ」


 探偵を雇い、法律を侵すギリギリの手段を利用して、金を惜しみなく使えば、どんな情報だって手に入れることができる。


 ましてや、一般人であるコウタロウやリョウマ、シホの情報なら何だって入手可能だった。


 ただし、手に入る情報はただの『箇条書きの設定』にすぎない。

 その背景、あるいは情報と情報の繋がり……いわゆる『行間』を読むことで、ようやく現実という世界にも『物語』を見出すことができる。


 だけど、物語が見えたところで、そこに何か価値があるというわけじゃない。

 むしろ、労力やコストに対する費用対効果としては、限りなく低いと言わざるを得ない。


 これはただの道楽であり、つまりは趣味でしかないのだろう。


 だけどそれだけが、ワタシ――メアリー・パーカーにとって、唯一の楽しみだから。


 物語を楽しむためなら、どんな苦労だっていとわない。

 少し前まではメインのプレイヤーでもあったわけだけれど、流れ的にはもうお役御免なので、ワタシは存分に彼らの物語を楽しんでいる。


 今、最も楽しみにしている物語は……コウタロウとシホのラブコメかな?


 うーん……でも、そっちよりも今は、こっちの方が気になるかも?


「そろそろ、リョウマが答えを見つけるときだねぇ」


 先程、受け取った資料にはリョウマに関する情報が記されていた。

 なんでも、ユヅキに告白して……残念ながら、振られちゃったらしい。


 でもそれは、別に驚くようなことではない。

 今までの背景を知っている立場からすると、当たり前の結果だとすら思う。


「コウタロウのラブコメよりも、リョウマが先だね」


 現在、ワタシすらも魅了した主人公様が窮地に立っている。

 シホの手助けによって覚醒を経たリョウマだけれど……もしかしたらその開花は、遅すぎたのかもしれない。


「アナタのその愛は、ユヅキに受け入れられなかった」


 シホへの思いを振り払って、今度こそ純粋な愛を手に入れようとしているけれど。


 それが許されるほど、ユヅキは軽々しい思いを抱いていない。


「ヒロインって、どいつもこいつもめんどくさいから」


 愛されたい。

 愛してほしい。

 でもその愛は、本物であってほしい。


 その気持ちは、同性だからよく分かるよ。


「ユヅキ……消去法は、イヤなんだろう?」

 

 選ばれる立場のヒロインからしてみると、今のリョウマの愛は『消去法』でしかない。

 選べる選択肢がなくなったから、仕方なくユヅキが選ばれただけに過ぎない。


 もしかしたら彼女は、最初はそれでいいと思っていたかもしれない。

 でもねぇ……今は多分、それで満足できないんだ。


「シホが、リョウマを変えちゃったからなぁ」


 ワタシは知っている。

 シホとリョウマが会話しているあの場面を、ユヅキが見ていたことを……ワタシは情報として把握している。


 あの時、ユヅキはきっとショックを受けたはずだから。


「リョウマはユヅキが何をしても変えることができなかった……だからユヅキは、そんなリョウマを受け入れることを決めた」


 だけど、リョウマは変わってしまった。


「シホとちょっと話しただけで、簡単に変わったリョウマは――もう、ユヅキが愛そうとしたリョウマではなくなっているからねぇ」


 まぁ……複雑に言っているけれど、要するにこういうことかな?


「自分以外の女の手垢がついた男を愛するなんて、生理的に無理だ」


 だからリョウマは振られちゃったわけだ。

 シホのおかげで覚醒したけれど、シホのおかげで振られちゃったリョウマは……果たして、どうなるんだろう?


「にひひっ♪ 今更、一人を愛して幸せになるラブコメなんて、許してくれないのかなぁ?」


 今まで、散々ヒロインたちを傷つけたわけだから。

 一人だけ幸せになるだなんて、ラブコメの神様が許してくれないのだろうね。


「リョウマに与えられた選択肢は、二つだけ。みんなから『捨てられる』か……みんなを『選ぶ』ことか、いずれかになるかも?」


 前者ならバッドエンド。

 これぞまさしく、ワタシが興奮する『ざまぁ見ろ』で終わるだろう。


 だけど、後者ならハッピーエンドだね。

 世界で一番、つまらない物語の終わり方になる可能性もあるだろう。


 ワタシはもちろんバッドエンドを望んでいるけれど。

 でも……彼はそうじゃないか。


「コウタロウには、大切にしていたヒロインたちが不幸になるのを受け入れられないからなぁ」


 だから、あのモブキャラ君は願っている。

 大嫌いなハーレム主人公様の力を、信じている。


 さてさて、どうなるんだろう?

 ワタシにも、リョウマの物語の結末は分からないから、とても楽しみだなぁ。


「リョウマは、果たしてどうするんだろう?」


 あの温室育ちの主人公様がどうするのか、興味がある。

 そして彼は、何を思うのだろう?


「アナタを愛するヒロインたちが……アズサが、キラリが、ユヅキが、もともとはコウタロウを愛していたヒロインだと知ったら、リョウマは何を考えるのかな?」


 これは一番の伏線かもしれない。

 実はリョウマは、コウタロウと三人のヒロインの関係を知らない。


 それがたぶん、第四部の肝になるだろうねぇ。


「今まで放り投げられていたサブヒロインの伏線を回収するのも、そろそろ頃合いだね」


 はたして、リョウマはどんな『ラブコメ』を歩むのか。

 その結末にあるエピローグを……ワタシは楽しみにしているよ――




【第三部 完】



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