第二百四十話 竜崎龍馬のエピローグ


 ――これでいいんだろ、霜月?


 全てが終わった。

 胡桃沢くるりという少女を惑わし、狂わせ、あの子の恋をぐちゃぐちゃにして、更に中山との因縁も振りほどいてやって……俺は役目を終えた。


 あれ以来、しほ……じゃなくて、霜月とは会話をしていない。

 おかげで、くるりとの一件が解決したのかも、霜月の怒りが収まったのかも、分からない。


 しかし、何も報告がないということは、万事がうまくいっているということだろう。


 中間テストの少し前、自分たちの部屋から窓越しで会話して以降、彼女とは目を合わせることすらできなかった。


 あの日から、彼女の部屋の窓はずっと閉まっている。

 カーテンもしっかりと閉められている。なんとなく、それが霜月による拒絶にも見えた。


(まぁ、初恋の終わりなんてこんなものか)


 苦笑する。

 長年片思いを募らせた少女は冷たく、俺の思いを乱雑に振り払った。


 でも、彼女への未練はもうなくなっている。

 今回の件で『けじめ』がつけられたのだ。


(これから幸せになれよ……)


 親愛なる幼馴染の幸せを、心の中で願う。

 それから、彼女への思いを振り払うように、俺はスマートフォンをグッと握りしめた。


「もうそろそろ、俺も成長しないといけないよな」


 いつまでも鈍感な人間ではいられない。

 気付かないふりをして、俺を好きでいてくれる彼女を不幸にするのは、もうやめた。


 今日はクリスマス。

 ちょうど都合の良いロマンチックなイベントの日だ。


「今日をもって……竜崎龍馬は、ハーレム主人公を卒業する」


 もう、覚悟は決まっている。


 霜月にけじめをつけて、片思いを終えることができた。

 霜月のおかげで自分の罪に気付くことができたし、悪い部分を理解できた。


 今までの俺は、まるで『ハーレム主人公』のように多くの少女を不幸にしてきたけれど。

 もう、それは終わりだ。


 霜月のおかげで俺は普通の思考を取り戻せた。

 未熟な人間でいるのは、今この瞬間までである。


 そろそろ、俺を好きでいてくれた少女の思いに、報いなければならないだろう。


『結月、ちょっと話があるんだ。家に来てくれないか?』


 結月は、今までずっと支えてくれた。

 こんな俺を受け止めてくれた。


 だからこそ、彼女を幸せにしたいと思ったのだ。


(もうみんな、俺のことを嫌いになっているしな……まだ好きでいてくれる結月を、大切にしよう)


 少し前までは、俺を好きでいてくれた少女がもっといたけれど。

 特に、梓やキラリ、メアリーの存在は心の中に残っている。


 ただし、彼女たちはもう俺への思いを失っているはずだから、選ぶことはできない。

 くるりのことも気がかりではあるが……まぁ、彼女は露骨に俺を避けるようになったので、少なからず抵抗感があるのだと感じている。


 まだ俺のことを好きでいてくれる少女は、たった一人しかいない。


 そして、その少女――北条結月に、俺は告白をしようとしていた。


(霜月みたいに……一途な恋をしよう)


 結月だけを、好きでいる。

 他の女の子に対する好意は、もう出さないようにする。


 ハーレムなんかもうごめんだ。

 だって、霜月があんなにイヤそうにしていたのだから……俺はもっと、普通の道を歩むべきなのだ。


 そんなことを考えて、俺はハーレム主人公を卒業しようと思ったのだ。


『ちょうど、そちらに向かっていました。そろそろ到着します』


 結月にメッセージを送ってすぐのこと。

 タイミング良く、彼女もこちらに向かっていたようだ。


「さて……と」


 ソファから立ち上がって、テーブルの上に置いた小さな箱を持ち上げる。

 ふたを開けると、そこには――指輪が入っていた。


(これをあげれば、結月も喜ぶだろうなぁ)


 幼いころにいなくなった母の、数少ない形見の一つ。

 いつか、愛した少女に渡したいと思っていた、宝物でもある。


 これを渡せば、結月にも俺の気持ちが伝わるはずだ。


 本気でお前を愛すると、分かってくれるだろう。


「――来た」


 そして、呼び鈴の音が鳴った。

 リビングから飛び出て、玄関の扉を開けると……そこには、ケーキの入った紙袋を抱えた結月がいた。


「龍馬さん、メリークリスマスです……ケーキ、作ってきました。一緒に食べませんか?」


 もちろん、一緒に食べるのは当然だ。

 でもその前に、さっさと終わらせたいことがある。


 だから俺は、その場で膝をついて、彼女に小箱を差し出した。

 まるで、プロポーズをするかのように。


「結月、好きだ」


 俺は、結月に『告白』したのである。


「突然でごめん。でも、覚悟を決めたから……今までずっと、俺を好きでいてくれてありがとう。絶対に、幸せにする。だから、俺と付き合ってくれないか?」


 しっかりと思いを伝える。

 そうすることで、俺のハーレムラブコメが終わる。


 これから、結月だけを愛する……一途なラブコメが始まる――そのはずだったのに。






「ごめんなさい」






 その一言で、全てが瓦解した。


「…………え?」


 最初、何を言われているのか分からなかった。


 でも、丁寧に頭を下げる結月を見て、俺の告白が断られていたことを、イヤでも思い知らされた。


 これにて、竜崎龍馬のラブコメは終わりとなったのである。


 突然のエピローグに、俺は呆然とすることしかできなかった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る