第二百三十九話 もしも彼が『主人公』になれていたなら


 果たして、分岐点はどこだったのだろうか?


(もしも、俺が主人公になれていたなら――)


 想像する。

 テスト用紙を眺めながら、意識が空想の世界へと飛んでいく。


 もしも、俺が主人公として相応しい選択ができていたなら。

 その仮定の先にあった物語は、どんなお話だったのだろう?


(たぶん……もっと違う物語になったんだろうなぁ)


 それが良いか悪いかは、分からない。

 今と比較して幸せか、不幸か、比較できるようなことでもない。


 所詮は妄想の話だ。答えなんてものは存在しない。

 だけど、一つだけ分かることがある。


 もし、俺が主人公になれていたのなら。


 その時はきっと――胡桃沢さんは、笑っていただろう。


 系統としては『ハーレムラブコメ』になるのかもしれない。

 それはそれで、苦難も多かったことは間違いない。

 だが、きっと彼女は今よりも『幸福』でいられたはずだ。


 誰かを選ぶということは、誰かを選ばないということでもある。


 俺はしほを選び、胡桃沢さんを選ばなかった。

 結果、彼女は選ばれないまま、舞台から降りてしまったのである。


 彼女の思いは報われずに、役目を終えて、消えていった。

 それがとても虚しかった。


(俺には、みんなを幸せにできる物語なんて紡げない)


 改めて理解した。

 ご都合主義という理不尽な力に背中を押されたにも関わらず、ラブコメの神様には主人公として不適格の烙印を刻まれた。


 俺には『ハーレム主人公』になる器がなかったのである。


(みんなを幸せにできるのは……きっと、選ばれた一部のキャラクターだけなんだ)


 誰もが幸せなまま終わるエピローグが見てみたい。

 だけど俺にはそれができない、というわけだ。


 みんなが笑顔でいられる『ハッピーエンド』を手にする力を持つのは、たった一人だけなのだろう。


(竜崎……お前にしか、その権利は渡されていない)


 ハーレム主人公として、他人に愛される才能を持った竜崎龍馬にしか、理想のエピローグを語ることは許されていないのである。


 もし、俺にその力があったのなら。

 中山幸太郎が、竜崎龍馬になれていたのなら。


 きっと俺は、迷わずにその道を選んだかもしれない。

 みんなが幸せでいられる『ハーレムエンド』に向かって、歩んでいたかもしれない。


 もしその道を選べたとすれば、胡桃沢さんだってきっと幸せにできたはずだ。


 もちろん、俺はハーレムなんて嫌いだ。

 しかし、みんなが幸せになれるのなら……その道を選ぶことにためらいはない。


 だからこそ、みんなを選ばない不義理な竜崎龍馬が、嫌いだった。


 あいつにはもう一つの道がある。


(みんなを『選ぶ』という道も、お前には存在するんだぞ?)


 竜崎龍馬にしか幸せにできなヒロインがいる。

 彼女たちの思いが報われるには、竜崎龍馬ががんばるしかないのだ。


(主人公がお前じゃなくて、俺だったら――)


 そもそもの話、俺が紡いでいた物語はもっと違う流れを辿っていただろう。

 梓、キラリ、結月の三人に見放されることだってなかったかもしれない。


 しかし、そうなってくると……その『if』の先にある物語に、霜月しほは存在しなかったことに、ふと気付いた。


(いや……俺は主人公じゃなかったからこそ、しほに選ばれたんだ)


 彼女は恐らく、主人公の俺には興味を示さなかった。

 つまり、今の道こそが、しほと添い遂げる唯一の『可能性』だったのである。


 それなら、こんな妄想をしていても意味はない。


 今の物語に不満があるわけじゃないのだから、『もしも』の可能性なんて、考える必要がないのだ。


 だから、悔やむな。

 胡桃沢さんのことで、俺の選んだ選択を反省するな。

 いつまでも、彼女のことで悩むな――!


(俺にはもう、何もできない)


 凝視していたテスト用紙を、再びカバンに入れた。


 胡桃沢くるりという少女がいたことを、忘れたくない。

 だが、いつまでも引きずられても、意味がない。


(どうか、彼女が幸せになれますように)


 そして、祈った。


(竜崎……どうにかしてくれ)


 主人公様の活躍を、とにかく願う。


 そうすることしか、俺にはできないのだから――

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