第二百三十六話 メリークリスマス その一


 クリスマスの日に、好きな人とデートに出かける。

 それはとても、素敵なことよね。


 デートとはいっても、公園をダラダラ散歩するだけで、大したことはしてないけれど……それでも、今この瞬間が、本当に幸せだと思う。


 ただ、どうせなら……もう少し天気が悪くても良かったと思うのよね。


「雪が降っていたら、もっと素敵なクリスマスになったのになぁ」


 そう呟いてみたら、隣で歩いていた彼も空を見上げた。

 雲一つない空を見上げて、彼は眩しそうに目を細める。


「そうか? 俺は晴れていた方が好きなんだけど」


「あらあら……幸太郎くんったらおバカさんかしら? デートの日は雪が降って、二人で『寒いね?』なんて言いながら手を繋ぐのがテンプレなのよ? もしくは雨でもいいわ。相合傘とかできたらとても幸せだものっ。まったく……これくらいも分からないでデートするなんて、ありえないわっ」


「難しいこと言うなよ……」


 私の言葉で、彼は頬を緩める。

 仕方ないなぁ……と言うように肩をすくめながら、それでいて楽しそうな表情を浮かべる彼が、とても愛しかった。


 この顔が好きで、ついつい私はめんどくさいことを口にしてしまう。

 的外れっぽいセリフだけれど、幸太郎くんはいつも優しく聞いてくれるから、そういうところが素敵だと思う。


「雪とか雨が降らなくてもいいから、せめて曇りなら良かったなぁ。そうしたらね、寒いって震えながら幸太郎くんに抱き着いたりしてたかもしれないのよ? 太陽さんは空気が読めないのかしらっ」


「……しほは晴れの日より曇りの日の方が寒いと思ってるのか」


「え? そんなの当たり前じゃないっ。だって太陽さんが隠れちゃってるのよ? 幸太郎くん、もしかして本当におバカさんなの……?」


「いや、うーん……『放射冷却』って現象があるから、一概にそうとは言えないんだよなぁ」


「……ほーしゃれーきゃく?」


 それは何かしら。

 マンガとかで氷属性のキャラが使いそうな技みたいでかっこいいけれど、そういう話ではないのかしら?


 幸太郎くんはたまに頭が良くなるからいけないわ。

 普段は私にマウントを取らせてくれるのにっ。


 ……まぁ、物知りなあなたも、素敵なのだけれど。


「とにかくっ。つまり私はね、抱きついたり手を繋いだり、そういうのがしたいなぁって思ってるの」


 なんだかんだ言っているけれど。

 結局、私がやりたいのは天気の話ではなくて、スキンシップだから。


「ほら、おててが寒そうに見えないの? 真冬なのに手袋をつけていない私を不審に思わないのかしら? 幸太郎くんったら……そ、そんなに私のこと、興味ないのかしらっ」


 そう言って泣きまねをしたら、途端に彼は狼狽えておろおろとし始めた。


「あ、いや、ごめんっ。そっか、そういうことだったのか……って、手袋をしてないことに違和感を持てって、ちょっと無理がないか?」


 確かにその通りだと思う。

 こんな細かいことで拗ねる女の子なんて、我ながらめんどくさいと感じる。

 だけど幸太郎くんの困った顔が見たいし、いっぱい構ってもらいたいから、ついついこんなことを言ってしまうの。


「いいから、ほら……手、つなご?」


 まだためらっている彼の手を、強引に掴む。

 そのままギュッと握ってみたら、幸太郎くんは少しびっくりしたように、目を大きくした。


「……本当に冷たいな」


 冗談めかしてはいたけれど、なんだかんだ私が病弱なのは嘘じゃない。

 手も冷えていたので、幸太郎くんは温めるように握りしめてくれた。


 それだけで、私はとても幸せな気持ちになれる。


「えへへ~。これこそまさに『肉を切らせて骨を切る』かしら?」


「ちょっと違うけど……まぁ、だいたいあってるよ」


 相変わらず幸太郎くんは私に甘い。

 たぶんことわざの意味はまったく違っていたと思うけど、正解にしてくれた。

 こういうところが、かわいくて仕方ない。


 私だけを特別扱いしてくれる彼が、本当に大好きだから。


「でも、体が冷えてるなら、そろそろ帰るか? さつきさんといつきさんも待ってるだろうし」


「やっ。もうちょっと、幸太郎くんとイチャイチャしたいもーん」


 体なんて、どうでもいい。

 とにかく、彼の愛情を手放したくなかった。


 もちろん、おうちも恋しいけれど。

 クリスマスだから、ママが美味しい料理を作ってくれていて、パパもお仕事を休みにしてくれて、パーティーを開いてくれるから、楽しみではあるのよ?


 だけど、クリスマスなんだから、もうちょっと好きな人と二人きりでいたかった。


「……じゃあ、もうちょっとだけ」


 そんな私のわがままに、幸太郎くんはなんだかんだ付き合ってくれる。


 手を繋いで、二人で公園をただ歩いているだけでも、本当に楽しかった。






 ――ちょっと前までは、こんなことできなかった。

 手を繋ぐのはもちろん、幸太郎くんは私とまともに話すことすらできなくなって、苦しんでいた。


 胡桃沢くるりさんのことで、彼はとても思い悩んでいたから……ついつい、手を出してしまった。


 おかげで彼との関係は、以前と同じように戻っている。

 それが本当に幸せで……だけど、これで本当に良かったのかなぁ?と、たまに考えてしまうのは、なんでだろう?


 もしかしたら、私が手を貸さなくても、幸太郎くんは自分で胡桃沢さんに対する気持ちを解決できたかもしれない。


 そして、もしそうなっていたのなら……私と彼の関係は、もっと深くなっていたかもしれない――そう考えてしまって、私は今も正解を分からないでいる。


 幸太郎くんが大好きな私のまま、ずっと生きていくつもりだった。


 だけどそれをするには、あまりにも彼のことが大好きすぎて……ついつい過保護になってしまう。

 そのせいで私は、胡桃沢さんと竜崎くんに自分の根っこの部分をさらけ出してしまった。


(先の関係に進めるのは……まだまだ先かもしれないなぁ)


 なんだかんだ言っているけれど。

 結局、幸太郎くんよりも私の方が、臆病だから。


 覚悟が決まっていなくて、本当の自分を愛してもらえる自信がなくて、だからこそ私は『霜月しほ』の一面しか、彼に見せていない。


 いつまでもこのままじゃいられないことは分かっている。

 だけど……今この関係を崩すには、私が彼のことを大好きすぎた。


「「…………」」


 今だって、ただただ無言で公園を歩ているだけ。

 ロマンチックな場面じゃないのに、それだけで私の心臓が激しく動いている。


 油断するとすぐに踊り出しそうなくらい、私は浮かれてしまっている。

 だから……この関係から抜け出せない。


 幸せすぎて、現状を変える勇気が出ないのだから――

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