第二百三十五話(エピローグ) タイトルなし


 12月25日の深夜0時。

 ちょうどいま、クリスマスを迎えた。


「メリークリスマス――って、送る前に来た……」


 もちろん、しほにメッセージを送ろうとしたが、操作に手間取っていたら彼女のメッセージが先に来てしまった。


『メリークリスマス! 風邪をひかないようにちゃんと温かくして寝るのよ? 悪い子にはサンタさんは来ないからねっ。いくらプレゼントが楽しみだからって、サンタさんが来るのを待ってたらダメよ? ぐっすりと眠るいい子にだけ、サンタさんは来るんだからっ』


 ……こんな長文を一瞬で打てるなんて、しほはやっぱりすごいなぁ。

 微笑ましい彼女の文章を読んで、俺からもメッセージを送る。


 すぐに返信しないと拗ねるので、ちょっとだけ急いで文章を打った。


『メリークリスマス。しほも、夜更かしはしないでいい子にしてるんだぞ? じゃないと、サンタさんが来ないから』


 送信のボタンを押して、スマホを枕元に置く。

 とりとめのない文章だけど、こうやって彼女と雑談しているだけで、幸せな気持ちになれるから、不思議なものだ。


 真っ暗な部屋で、彼女の返信を待つことにする。

 なんとなく疲れていたので、油断すると眠りそうだ……目を閉じたら瞬く間に夢の世界に誘われそうだったので、あえて目を開けて待つ。


 …………あれ?


 しほにしては、返信が遅い。


 もしかして眠ってしまったのだろうか。いつもなら数秒も経たない間に返信がくるので、少し戸惑ってしまった。


(サンタさんが来るのを待っていたりして……)


 さすがに高校生にもなってそれはありえないと思うけれど、そういえばしほが『サンタさんを信じているかどうか』を聞いたことがない。


 あの子なら未だに信じていてもおかしくないだろう。


(ワクワクして眠ってたりしたら……かわいいなぁ)


 いい子にしてないとサンタさんが来ないから、夜更かしせずに寝たのだろうか。


 そんな彼女を想像しただけで、その愛らしさに頬が緩んだ。


(やっと、元の日常に戻った)


 それから、しほと元通りの関係に戻れた幸せを噛みしめておく。


 ちょうど今日、二学期を終えて冬休みに入っている。中間テストも無事に終えたので、ようやく一息つけた。


 12月に入ってから、しほとの関係が少しぎこちなかったけれど、つい先日にようやくいつも通りにやり取りできるようになったのだ。


 二学期は本当に色々あった。

 特に胡桃沢さんとの一件で悩んでいて、あの件もスッキリしたわけではないが、それでもやっぱり、しほとの関係が元に戻ったのは嬉しい。


(まるで、何事もなかったみたいだなぁ)


 つい先週までは、罪悪感のせいでしほの顔もまともに見られなかったのに。

 あんなにすれ違っていたというのに、ちょっと時間が経つと、関係は元に戻った。それが嬉しい反面――呆気ない終わり方が、やっぱり心のどこかで引っかかっている。


 結果的に考えると――俺としほの関係に対して変化はまったくなかった。

 胡桃沢さんが登場した当初こそ、俺としほのラブコメにテコ入れが入ったと思ったけれど……ふたを開けてみたら、まったくそんなことはなく。


 少しのすれ違いはあったが、しかしそれだけだった。


 あのイベントを経て、普通の物語であれば、関係性に変化があって当然だと思う。しかし俺と彼女の間にはそれがなかった。


 雨降って地固まる、ということわざと同じかもしれない。

 物語も同様で、事件を解決した後は、より主人公とヒロインが仲良くなるのが定番である。


 あるいは、もっと仲が悪くなる――とか。

 良くも悪くも『変化』があって、それが物語の『山』となり、『谷』となる。起伏が大きく生まれることで、読者の感情が動き、それが心地良い読後感――いわゆる『カタルシス』へと繋がるのだ。


 故に、この起伏が小さい物語が、世間では『駄作』と評される。

 つまり、俺がメインで動いた物語は駄作として幕を閉じたわけだから……しほとの関係性に変化がないのも、当たり前なのかもしれない。


(……本当に、そうだったのか?)


 しかし、どうしても引っかかる。

 中間テストが始まる前、校舎裏で見た『俺の知らないしほの顔』が、どうしても気になっている。


(俺には、何も変化がなかったけれど)


 モブキャラはいつも通り『モブキャラ』として、物語に翻弄された。

 一方で……彼女の方は、どうだったのか。


(俺が知らないだけで――しほには、変化があったのか?)


 一見すると、関係性に変化はないように見える。

 だが、それは表面的な違いに過ぎず、その中身を見てみると……実はかなり、違っているのかもしれない。


 だって彼女は、俺と違って『メインヒロイン』である。

 物語を動かせる力を持っており、それは即ち――彼女の変化が、ストーリーを勧める起点となり、結果に繋がるわけだ。


 だとしたら、しほに変化があってもおかしくない。


(俺の知らない『しほ』がいる)


 霜月しほとは、俺にとって『大好き』で『愛らしい』上に『かわいい』女の子だ。多少『ポンコツ』で『愛が重い』一面もあるけれど、それも含めて全部が『愛しい』少女である。


 だが、本当の彼女はそれだけじゃないのかもしれない。

 未だに俺が知らない『しほ』が存在するのであれば――それを知りたいと思った。


 彼女との関係を、もっと進めたい。

 だけどそれができていないのは、まだ俺としほが分かりあえていないから……その可能性が、どうしても否めないのだ。


「……あ」


 ふと気づくと、スマホにメッセージが届いていた。

 ぼんやりしている上に、マナーモードにしていたので、気付かなかった……慌ててメッセージアプリを開いて、内容を確認してみる。


『サンタさんなんて、さすがにもう信じてないわっ。幸太郎くんったら、私を子どもあつかいしてるのかしら? こう見えて立派なお姉さんなんだからねっ。じゃあ、おやすみなさい』


 どうやら、まだ眠っていなかったらしい。

 それでいて、サンタさんも信じていなかったようだ。


(……ほら、やっぱり俺は、君のことをまだ分かっていない)


 俺が知っているしほであれば、サンタさんを信じていただろう。

 だけど彼女はサンタさんを信じていない。その認識の違いが、俺と彼女との間に隔たる『距離』なのである。


 その距離を、もっと近づけたい。

 そうしないと、俺としほの関係は進展しない気がした――











 ――こうして、第三部は駄作として終わりを迎える。


 今後、ただのモブキャラでしかない俺と、メインヒロインのしほとの間に、どんなラブコメが生まれるのだろう?


 その答えは、ラブコメの神様しか知らない。


『コウタロウとシホのラブコメが、打ち切りにならないことを願うよ』


 メアリーさんの言葉は、今もなお心に刻み込まれている。


 そんなこと、有り得ないと思うけれど……どうしても、その言葉が忘れられなかった――

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