第二百三十話 告白ではなく『懺悔』


 もうすっかり日が暮れていた。

 12月下旬を迎えたこの日、日没の時間も早く、既にあたりは薄暗くなっている。


 気温も下がり、コートを羽織っていても、外気の冷たさに身を震わせるほどだ。


 そんな状態で、彼女はなんと6時間近くも俺を待っていたらしい。


「遅くなってごめん……」


「ううん、謝る必要なんてないわ。だって、私が気付かれないようにカバンに手紙を入れたのよ? むしろ、申し訳ない気持ちにさせたのなら、それこそ申し訳ないわ」


 胡桃沢さんは穏やかに笑っている。

 まるで、何かが吹っ切れたように、優しい表情を浮かべていた。


(あの時とは違う……!)


 数日前、校舎裏でしほと話していたあの時とは、全然違う。

 青白い顔で余裕のない表情を浮かべていた胡桃沢さんは、もうそこにはいなかった。


「来てくれてありがとう」


 今までと同じ……いや、今まで以上に、胡桃沢さんの表情が優しい。

 なんというか、リラックスしているような気がした。肩の力を入れずに、自然体で俺と話してくれているのだ。


 そんなこと今までなかったので、やっぱり少し困惑する。


「いや、俺は大丈夫だけど……寒くないか?」


「寒いけれど、暖かいよりはマシなの。私は今、冷たい方が居心地がいい」


「……ど、どういうことだ?」


「中山は知らなくていいの。これは、私が自分に課した罰だから、知らないままでいてほしい」


 胡桃沢さんは、明らかに変わっていた。

 前までは、こんなに余裕のある表情を見せることはなかった。


 胡桃沢さんはもっと情熱的というか……無邪気で熱っぽい表情を浮かべていた気がする。


 しかし今は、どこか大人っぽい気がした。

 どんな出来事に対しても冷静に対処できるような、そんな余裕を感じる。


 この数日で……家庭教師の契約が終わって、だいたい一週間くらいだろうか。そんな短い期間で、彼女の心模様は激変している。


 俺とのイベントでは、何も起きなかったのに。

 彼女を変化させるような出来事は何も起こせなかったのに。


(やっぱり、竜崎と何かあったんだろうな……)


 あいつが何かをしたのだ。

 主人公様の力によって、彼女は何かを捻じ曲げられた。


 俺には分かる。

 モブキャラだから、知っている。

 こうなった少女を、今まで何人も見てきた。


(梓、キラリ、結月、メアリーさんに続いて、胡桃沢さんも……)


 竜崎龍馬のトリコとなった。

 それを肌で感じている。言わずとも、気付いている。


 だったら、この呼び出しは何が目的だろうか。

 今更、告白をすることもないだろう。


 いや、でも……告白の可能性も否めないのか。

 竜崎に対する感情を封じ込んで、会えて俺を好きでいつづけようとする可能性がある。


 気丈な胡桃沢さんであれば、そうなってもおかしくはない。

 その場合は――とても厄介になりそうだ。


 俺も、その告白に対して軽々しい反応を返せない。

 それこそ、傷つける覚悟を持って、ハッキリと拒絶しなければいけない。


 そうじゃないと、誰も救われない。


 中途半端な関係は二人を不幸にしてしまうはずだから……そうなったら仕方ないけれど、胡桃沢さんのためにも、俺は彼女の思いを振り払わなければならないだろう。


 できればそんなことはしたくない。

 だけど、そうしなければならない。


(これ以上、しほを傷つけないためにも――)


 グッと、拳に力を入れる。

 それからようやく、俺と胡桃沢さんのラブコメを、終わらせることにしたのだ。


「それで、どうして呼び出したんだ?」


 単刀直入に、本題へと入る。

 これ以上の雑談はただの余談だ。俺と胡桃沢さんのウォーミングアップは終わっている。


 いよいよ、本番だ。

 彼女の思いを、受け止める。


 そう覚悟して、問いかけた。

 そして彼女は……やっと、自分の本心を教えてくれた――





「竜崎龍馬を、好きになったの」






 ――告白?

 いや、違う。


 これは、告白じゃない。


「あんなに仕掛けて、迷惑をかけたけど、ごめんなさい。私は……あなたじゃない人を、好きになってしまったみたい」


 これは罪の『懺悔』だった――

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