第二百二十九話 尻すぼみ


 ――中間テストが終わった。


 メアリーさんとの一件があったあの日以降、何事もなくこの日を迎えられたことが、とても不自然だった。


(いつになったら、クライマックスのシーンはくるんだ?)


 胡桃沢さんとはまだ話ができていない。

 数日休んでいた彼女は、中間テストが始まる日から登校するようになった。


 俺としては、すぐにでも胡桃沢さんと何かしらのイベントが起こると思っていた。


 だが、メアリーさんが言っていた『クライマックス』とやらは、くる気配すらない。


 あの人は休学中だからって適当なことを言い過ぎだ……おかげでなんというか、待ちくたびれてしまっている。


(しほとの関係にも進展がないし……どうなっているんだか)


 それと、しほとの会話も途絶えていた。

 これは俺に責任があるので申し訳ない気持ちもあるのだが、たぶん彼女も気を遣ってくれているのだと思う。


(できるなら、さっさと区切りをつけたいんだけど……)


 そうしたらきっと、また元通りに戻れる。

 しほとの幸せな日々を、再び噛みしめることができる。


 しかしそれをするには、まだまだストーリーが足りない。


(こんなに引っ張ったんだぞ? あんなに俺にちょっかいを出したんだから、いいかげんに終わらせろよっ)


 頼んでもないのに、俺としほのラブコメに強引に介入されて……散々俺を振り回しておきながら、終盤になると、急激に何も起きなくなった。


 俺がメインのイベントが起きたのは、しほとの再会の時に泣いたときまでである。

 あの日以降、明らかに出番が減ったと言うか……ラブコメの神様によるお節介が、なくなった気がするのだ。


 まるで、俺では不足だ――と、主人公失格の烙印を押されたように、昔みたいなモブキャラとして日々を送っているのだ。


 別にそれはそれでいい。

 だけど、しほとの関係だけは、モブキャラでいたくない。


 だからいいかげんに、ストーリーが進んでほしい……そう祈っていたら、あっという間に中間テストが終わっていたのだ。


 日付は12月22日。

 世間はもうクリスマスムードで、俺もこの日を楽しみにしている。


 できるなら、しほにプレゼントを贈りたい。

 あの子を笑顔にしてあげられたら、どんなに素敵な日となるだろうか。


(やっぱり、俺からアクションを起こすべきなのか?)


 今みたいに中途半端な状態でいるくらいなら、いっそのこと俺が強引に『流れ』を作ればいいのだろうか?


 もちろん、この数日の間に何度もそれを考えた。

 だが、辿り着く答えは、いつも同じだ。


(いや……俺は所詮『物語』の奴隷だ。自分で何かを変えることなんて、できない)


 メアリーさんの言葉はいい薬になった。

 おかげで勘違いすることはない。その代わり、もどかしい毎日を過ごしているが……どうせ、ラブコメの神様が勝手に調整してくれる。


 それが分かっているのだが、しかし不安はあった。


(こんなに引っ張っているんだから、もしかして大きなイベントになるのか?)


 嵐の前の静けさ、とでも言えばいいのか。

 やけに単調になった物語の先に、激動のクライマックスがある可能性もある。


 それはそれで厄介だなぁ……と、不安を覚えていたそんなタイミングだった。


 中間テストを終えて、放課後となる。

 テスト期間は学校が午前中で終わるので、早めに帰宅した。

 家に帰ると、テスト勉強の疲れもあったのか、少し昼寝をした。


 そして、夕方の5時くらいだろうか。ふと目を覚まして、カバンの中からスマートフォンを取り出そうとした……そんな時だった。


「あれ? これって……手紙?」


 カバンの中を開けると、そこに一枚の便箋が入っていた。


 そして、その送り主は――


「――胡桃沢くるり」


 小さく書かれた生を見て、血の気が引いた。

 手紙には『放課後、屋上に来て』とだけ書かれている。


「嘘だろ、おいっ」


 慌てた。もう放課後になって大分時間が経っている。

 いいかげん、胡桃沢さんも帰宅しているだろう……と、そう楽観的にはなれなかった。


(いないなら、いないでいい。でも、念のため……っ!)


 慌てて家を飛び出して、学校へと向かう。

 片道でだいたい一時間かかるので、学校に到着したらもう夕方の6時を過ぎていた。


 しかし――彼女は、いた。


「…………遅いわよ。何時間、待たせてるの?」


 屋上の扉を開けると、そこには寒そうに身を小さくしている少女がいた。

 桃色の髪の毛を揺らしながら、彼女はフェンスにもたれかかって、ジッと俺を見つめている。


「――なんて、ね? 突然呼び出してごめんなさい。今日は来ないかと思って、そろそろ帰ろうと思っていたわ……でも、やっぱり来てくれた」


 俺の到着を喜んで、胡桃沢さんは微笑んでいた。






 そしてクライマックスが、訪れる――

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