第二百二十五話 錆びだらけの過去の鎖

 メアリーさんの説明によると、両親の会社はもう安定した経営状態になっているようだ。


「ワタシが介入したから、安心していいよ? 大丈夫、意地悪なことは何もしていないさ」


「……本当か?」


 正直なところ、信じられなかった。

 この快楽主義者は、何の気まぐれで俺を助けたのだろう。


「ああ、もちろん。だって――リョウマにお願いされたからねぇ。ほら、ワタシって彼のこと、好きになっちゃってるだろ? お願いされたら、断れないんだ」


「竜崎が!?」


 あいつが俺を助けた?

 ありえない。メアリーさんが俺を助けるより、こっちの方が驚きである。


「な、なんで俺なんかを助けたんだよ……」


「その理由はワタシの口から言うには、少し時期が尚早すぎるかな? ただ、一つだけ言えることは……もうリョウマはへたれ主人公なんかじゃないよ。ようやく彼も、覚醒したんだ」


 ――覚醒?

 あんなに腐れていたやつが、いったいどういうイベントを経て、覚醒できたのだろう?


 つい最近まで自分を『モブキャラ』だと思い込んでいた男なのだ……よっぽどのことがない限り、覚醒なんてできるはずがない。


 だからつまり、よっぽどの出来事があったということだろうか。


「リョウマのラブコメに関しては、もどかしいけどワタシには何も言えないよ。今のコウタロウに言ったところで、何かができるはずもないし」


「……どういう意味だ?」


「言葉通りの意味さ。母親という因縁に縛られて、サブヒロインの好意を拒絶できず、挙句の果てには接触を許して、罪悪感に苦しんで……そんな情けないコウタロウに、何ができるって言うのかな?」


 ……相変わらず、情報通だ。

 どんな人脈を利用したら、ここまで俺のことを詳しく知ることができたのだろうか。


「チートキャラだからね。なんでも知っているよ……そういう『設定』なんだから」


「説明になってないぞ」


「ああ、それでいいよ。説明する気なんてないんだから」


 とにかく、彼女が主張したいのは、今の俺が『情けない』ということらしい。


「物語に振り回されて、今度は主人公に祭り上げられようとして……だけど結局『主人公』としては失格の烙印を押されたと言うわけさ。コウタロウは所詮『モブキャラ』で、複数のヒロインに愛されることなんてできない」


「……そうかもしれない、な」


「『かもしれない』じゃないよ。コウタロウはモブキャラなんだ。たとえラブコメの神様に愛されようと、ご都合主義が背中を押しても、本当の主人公……竜崎龍馬の足元にも及ばない」


「そんなこと、分かってる」


 今更、言われなくても知っている……つもりだった。


「分かっているのなら、中途半端な優しさなんて持つべきではなかっただろうね。シホしか愛せないのなら、クルリを受け入れなければ良かったはずだよ? 好きと言われても、嫌いと言えばいい。それが酷いことだとしても、最終的に受け入れられないのなら、最初から拒絶しなければならない」


 だけど俺は、本当に『理解』できていたのだろうか?

 しほのおかげで成長して……だから俺は『モブキャラ』ではなくなったと、心のどこかでは、そう驕っていたのでは、ないだろうか?


 そんな疑念が脳裏をよぎった。


「――たかがモブキャラが、勘違いして自分を主人公だなんて思わない方がいいよ。今のコウタロウは、まるで過去のワタシみたいだね……ただのサブヒロインのくせに、自分をメインヒロインと勘違いしていた時のワタシと同じだ」


「っ…………」


 そう言われても、否定はできない。

 彼女の言葉通りだと、納得してしまったのだ。


「コウタロウには物語を動かす力なんてない。いつだってただの傍観者で、いいように操られる盤上の駒なんだよ。そのことを、改めて理解しておくと、今後はもっと素敵なラブコメが綴られるだろうね」


 相変わらず、物語のことに関しては饒舌になるメアリーさん。

 言いたいことを全て言い終わったのか、その顔はどこか満足そうだ。


「だから、モブキャラのコウタロウを助けるために……今回はワタシの力を、存分に利用させてあげよう」


 そう言って彼女は、一台のスマートフォンを差し出した。

 その端末は、俺のものである。


「電話、かけていいよ。コウタロウの叔母様からきちんと返してもらったんだ……つまり、色々と話もついているってことだね。だから後は、コウタロウ次第だよ。電話して、意志を示した方がいい」


「電話? だ、誰に?」


「それはもちろん、コウタロウの『母親』にだよ」


「――――え?」


 思いもよらない角度から突き付けられた提案に、思考が真っ白になる。


「ハッキリ言っておかないと、またいいように利用されるよ? 今回、クルリとの一件は、コウタロウと母親の確執も一因だったからねぇ。今のうちに、そこもきちんと解決しておこうよ」


「で、でも……」


「どうしてためらう必要があるのかな? 今、この問題を片付けないと、この後にやってくるクライマックス……クルリとのシーンに心置きなく望めないよ? だから、早く終わらせるべきだよ」


 どうやらメアリーさんは……ここで、母親との因縁を断ち切れと言いたいみたいだ――

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