第二百二十三話 ようやく見えてきたメインヒロインの全容

 ――あそこにいる少女は、いったい誰なのだろう?


「あれ……?」


 違和感を覚える。いや、その表現は的確じゃないかもしれない。


 違和感というか、矛盾というか、不自然というか……まるで間違い探しをしている時みたいに、何かが変だと分かっているのに、どこだか分からないような、そんな感覚に陥った。


「しほ、だよな」


 目で見えている限り、校舎裏の一画には霜月しほがいる。彼女に向かい合うように胡桃沢さんがいて、二人は言葉を交わしていた。


 相変わらず、しほはかわいい。

 白銀の髪の毛も、光沢のある黒い瞳も、雪のように白い肌も、小さな体も、何もかもが男心をくすぐって、見ているだけで幸せになれるような女の子だ。


 その中身もふわふわで、ポンコツなところもあるけれど、真っ白で、綺麗だ。あまりにも透明すぎて、自分の穢れが浮き彫りになるような錯覚を覚えるほどに。


 でも、今のしほは……何かが、違う?


「――おっと。そろそろ戻ろうか、コウタロウ……耳のいい彼女が都合良くこちらに気付かないのも、わずかな時間だけだよ。ラブコメの神様ですら、彼女を欺くのは難しいんだから」


 もっとよく観察したい。

 俺の知らないしほがそこにいるような気がしてならない。


 だけど、メアリーさんがそれを阻む。


「まだ、そのタイミングじゃないからね。彼女と向き合うには、今のコウタロウはあまりにも弱々しすぎるよ」


 何が面白いのか、ニヤニヤと笑いながら、彼女は俺の手を引く。


「ちなみに、困るのはコウタロウじゃない。シホの方だと言っておこうかな……ワタシはたくさん物語を知っているからね。ああいうキャラクターは、少し階段を踏み外しただけで、悲惨な結末にまっしぐらだよ」


 ――困るのは、しほ。

 その言葉を耳にして、俺はすぐに身を引いた。


 しほのことはもっと知りたい。

 だけどそれはまだ早いと、自称クリエイターだった少女に言われてしまったのだ。


 メアリーさんは俺にとってあまり好ましい人間ではない。

 だけど彼女の知識、経験、能力に関しては、俺の何倍ものスケールを持つキャラクターである。


 だから彼女の言う通りにした。

 そんな俺に、メアリーさんは嫌味な笑顔を浮かべる。


「……こういう時に我を張らないのがモブキャラの性質だよね。ワタシ程度のキャラなんて気にせず、意地でも自分を貫けば、その先には違った道があるかもしれないのに」


「どっちなんだよ……止めたいのか? 止めたくないのか?」


 意味が分からない。

 通路を戻りながら、回りくどいメアリーさんに対して、ため息をついてしまう。


 この人は相変わらず、めんどくさかった。

 しかも、しほみたいにかわいいめんどくささじゃなくて、単純にめんどくさいので、絡んでいて億劫になってしまう。


「ワタシに意志なんてないよ。どっちだっていいけど、役割通りにコウタロウを止めただけかな? 今回はどうも、ワタシはそっちの味方らしくてね」


「うへぇ……」


 メアリーさんが味方なんて、頼もしさよりも不安しかない。

 この人には散々振り回されたので、ちょっとイヤだった。


「まぁまぁ、ワタシは別にコウタロウのことは嫌いじゃないから、大丈夫だよ。にひひっ♪ コウタロウの近くでは本当に面白い物語が綴られているねぇ……いやぁ、まさかあのメインヒロインちゃんの全容が見れるとは、思っていなかった」


「……しほの、全容?」


 俺と同じように……いや、ともすれば、俺よりも俯瞰的な視点で現実に物語を見出すメアリーさんの発言は、とても興味深かった。


「今まで、シホが自分を露出しているところなんて、見たことがなかったからね。ずっと彼女はいい子ちゃんで、大好きなコウタロウの前で猫をかぶっていて、決して本性を見せなかった。でも、それが不自然なんだよ……だって、ただただ綺麗なままで在り続けるヒロインなんて、いるわけがないだろう?」


「……綺麗なのが、本性だとしたら?」


「そう信じたいのなら、そう信じればいい。でもワタシは違った見方をする。だってその方が面白いから」


 快楽主義者なのも、相変わらずだ。


「ワタシでも全く全容が見えなかったメインヒロインも、物語が進んでいくにつ入れて、少しずつ綻びが出始めている……それだけコウタロウが育ったということでもあって、生温い関係でいることも、そろそろ限界が訪れたということかな」


 何かを面白がるように、メアリーさんは適当なことを言って、俺を煽る。


「果たしてコウタロウは、シホの『全て』を知った時、それでもなお愛せるのか――二人のラブコメの行く先を、ワタシは楽しみにしているよ」


 俺の知らないことを分かっていると言わんばかりに、不安にさせるようなことを言う彼女に、俺は押し黙ってしまう。


 俺としほのラブコメの行く末か……いったい、どうなるのだろう?

 山もなく、谷もない、平坦で穏やかなラブコメだと思っていた。


 でも、それはもしかしたら、許されないことなのかもしれない――

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