第二百二十二話 奇妙な再会


 奇妙だった週末を終えて、月曜日がやってくる。

 それから三日が経って、水曜日となった。

 明日はいよいよ中間テストで、生徒たちはみんな勉強に追われていた。


 授業に望む姿勢も、いつもよりどこか真剣なように感じる。

 しかし、そんな中で……やっぱり彼女は、まったく黒板に向き合っていなかった。


(しほは本当に勉強する気がないんだろうなぁ)


 彼女はちょっと前まで隣にいたけど、今は前列に移動してしまっている。それが寂しくはあったものの、後ろから彼女の様子を観察するのは、結構楽しい。


 授業中、彼女は基本的にぼんやりしがちだ。

 今日はちょっと頑張って授業に集中しようとしていたが、やっぱり無理だったらしく、今度は時計を見て時間が過ぎるのを待っている。


(時計は睨んでも時間が早く進むわけじゃないのに……)


 そういう仕草が愛らしくて、つい頬が緩む。

 しほはいつも通りかわいい。できれば、その隣にいたいけど……まだもうちょっと、時間がかかりそうだ。


(胡桃沢さん、今日も休みか?)


 どうしても、心の隅に彼女が引っかかっている。

 今週に入ってずっと休んでいる彼女のことが、気になっていないと言えば嘘になるだろう。


 好きとか、興味があるとか、そういうわけじゃない。


 だけど、胡桃沢さんのことを無関心ではいられない。

 好きだと言われて、抱き着かれて、キスまでされた。だったら、答えを出さなければいけない。


 そうじゃないと、割り切れない。

 しほという、俺にはもったいないくらいに魅力的な少女の前で、別の異性のことを考えるなんて、申し訳ないのだ。


 だから、もう少し……ちゃんと、俺と胡桃沢さんの関係性に決着がつくまでは、どうしてもいつも通りにはなれないだろう。


 週が明けて、時間がたったおかげで先週よりは多少マシになっているとはいえ、まだ心は重い。


 しほとも話せていなくて、それが残念だと思っていた……ちょうど、そんな時だった。


(あれ? しほがいない……)


 三時限目の授業が始まって、しかし彼女の姿がなかった。

 教室のどこにもいない。そのせいでなんとなく、心配になってしまう。


(もしかして、体調が悪くなって保健室に行ったとか?)


 だとしたら……どうしよう、落ち着かなくなってきた。

 ようやく回復したとはいえ、まだ彼女の体調は万全ではないのかもしれない。また体調不良をぶり返して、症状が悪化したら――なんて考えたらいてもたてもいられなくなって、俺は手を挙げた。


「すいません。体調が悪くなったので、保健室に行ってきます」


 担当の教師はすぐに了承してくれたので、教室を出て保健室へと向かう。

 てっきり、彼女もいるのかと思ったのだが。


(あれ? いない……)


 保健室を覗くと、誰もいなかった。

 もしかして、体調不良だから緊急で帰ったのかと思い、保健室の教員に聞いてみることにする。


「急病の女子生徒? そんな子はいないけど……君はサボりかい? 元気な人間を寝かせるベッドはないから、さっさと戻りなさい」


 しほは、いなかった。

 保健室の先生にちょっとだけ説教をされた後、俺はその足で玄関へと向かう。


 病気じゃないことにまず安心した。

 そして、彼女がどこにいるのかも、なんとなく検討がついた。


(たぶん、校舎裏だな)


 勉強嫌いの彼女は、授業が嫌になってサボったのだ。

 人気のない校舎裏はサボるのにうってつけの場所である。ただ、真冬なので寒いと思うけど……そんなこと関係ないくらい、勉強がイヤだったのかもしれない。


(上着でも貸してから、俺は教室に戻ろうかな)


 とりあえず、いることを確認して安心したい。

 そう思って、校舎裏に向かう……その途中のことだった。


「おっと。ここからは立ち入り禁止だよ? コウタロウの出番は、まだちょっと後だからね」


 校舎裏に向かう通路の途中。

 物陰に隠れるようにしてしゃがみこんでいたのは――金髪碧眼の、美少女だった。


 彼女の顔を見て、思わず息を飲む。

 まさかの再会にびっくりしてしまっていた。


「メアリーさん?」


 そう、そこにいたのは、休学していたはずの少女だったのだ。


「やぁ、どうも。退場したはずの負けヒロインが、のこのこと舞台に戻って来たよ。ごめんね、見苦しいザコヒロインを見せてしまって、申し訳ない気持ちで胸が張り裂けそうだよ」


「…………うへぇ」


 相変わらずの迂遠なセリフ回しに、思わず息が漏れる。

 嫌そうな顔をしてしまったが、しかしメアリーさんはやっぱり飄々としていた


「え? 張り裂けるのは胸が大きいからだって? HAHAHA! ワタシはお色気要員でもあるからね、その分野ならお任せあれ」


「……なんでいるんだ?」


 単刀直入に問いかける。

 この人と会話をしている時は、ペースを流されないことが大切だ。

 そうでないと、会話が無駄に長くなってしまう。


「やれやれ、相変わらずコウタロウは無欲だねぇ。年頃の男子高校生ならもっと鼻の下を伸ばしてもいいのに」


「もういい。どいてくれ」


「ああ、焦らないでくれるかな? 落ち着いてほしいよ……だって今、メインヒロインちゃんとサブヒロインちゃんのイベントが起きてるんだから」


「――っ」


 その発言で、察した。


「しほと胡桃沢さんがいるのか?」


 校舎裏に、二人がいる。

 それを耳にした瞬間、いてもたってもいられなくなって、彼女の横を通り抜けた。


「コウタロウ、バレないようにしてくれよ? 今、コウタロウがバレると、物語に支障がでちゃうからね」


 物語中毒の変人に注意喚起を受けて、一応は息を殺す。

 通路の角からこっそりと校舎裏を覗くと……そこにはやっぱり、いた。


(しほと胡桃沢さん……なんでここに!?)


 二人が何を話しているのかは分からない。少し距離があるし、二人とも声が小さめなので、鮮明に聞き取れない。


 でも、あまりいい雰囲気じゃないのは、遠くからでもよく分かった――


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