第二百十八話 胡桃沢くるりの『茶番(ラブコメ)』
――人は嘘をつくと、音がズレる。
これは、聴覚の鋭い彼女にしか理解できない感覚である。
あくまで感覚的な話なので、詳細を聞かれたとしてもしほにはうまく説明できないが、とにかく人間が嘘をついているかどうかを彼女は見抜けるのだ。
つまり彼女は感受性が強い。
知りたくなくても、他者の感情を察知してしまう。
今もそうだった。
胡桃沢くるりの言葉や態度から、彼女の感情を見抜いてしまっている。
『竜崎くんのことが好きになったから、幸太郎くんを切り捨てたいんでしょう?』
この質問をするまでは、まだ『疑念』の段階だった。
竜崎龍馬から週末に起きた出来事を聞いてはいたが、胡桃沢くるり本人と会ったわけではなかったので、疑念に確信は持てなかった。
だけど、もう分かった。
彼女のリアクション、言葉、息遣い、それらの情報から、質問に対する答えが『肯定』であることを、理解したのだ。
「み、耳がいいって、どういうこと……? 意味、分かんないっ」
胡桃沢くるりは困惑している。
彼女しか知り得ないはずの情報をしほが持っていることに混乱しているらしい。
(私と竜崎くんが裏で手を組んでいたことは知らないのね)
まぁ、しほは超人的な感覚を持っているが、今回は根回しがうまくいった部分が大きいだろう。
(私が竜崎くんをけしかけたことは、教えてあげるべきなのかしら?)
胡桃沢くるりと竜崎龍馬を引き合わせたのは、霜月しほである。
詳しい指示は出していないし、二人の出会いは運命という名のご都合主義ではあったが、しかしそれは『胡桃沢さんをオとして』というしほの命令があったからこそ発生したイベントなのだ。
彼女がそれを口にしなければ、二人は出会うこともなかっただろう。
竜崎龍馬は未だに腐れたままで、胡桃沢くるりは未だに中山幸太郎を好きなままだったはずだ。
(……うーん、言わない方がいいかなぁ。変な疑いをかけられるくらいなら、出会いを運命と思ってくれていた方が、都合がいいものね)
ただ、裏で暗躍してことは、秘密にしておくことを決める。
ややこしくなって、逆恨みされてしまっては面倒なことになるだろう。
(この子には、大人しく身を引いてもらわないといけないわ)
余計なトラブルを起こしたくない。
たとえば、逆上してしほが暴力を振るわれたら――その時はきっと、中山幸太郎が責任を感じてしまうからだ。
だから彼女は、穏やかに話を進める。
「要するに、私にはあなたのことがお見通しってことよ。幸太郎くんにちょっかいを出していたことも、片思いをしていたことも、色々と彼を困らせていたことも、知っているわ」
「っ……だ、だからどうしたの? 別に霜月は中山と付き合ってないんだから、私は何も言われる筋合いなんかないっ」
「ええ、そのことに関して、文句を言うつもりはないわ」
人が人を好きになることに、許可なんて要らない。
たとえ相手が既婚者だろうと、恋人がいようと、仲のいい異性の友達がいようと、好きになるだけだったら、誰にも止められる筋合いはないはずだ。
「でも、あなたは本当に幸太郎くんが『好き』だったの?」
ただし、その愛情が許されるのは『本物』の場合のみだ。
「もし本当に幸太郎くんが好きだったのなら……竜崎くんなんて、何があっても好きになれるはずがないわ。」
つまり、胡桃沢くるりの恋心は、
「偽りの『好き』を理由に、彼を傷つけることを、私は絶対に許さない」
それは、偽物だった。
だとするなら、彼女は止める。
「あなたの身勝手な『おままごと』に、幸太郎くんを巻き込まないで」
結局、胡桃沢くるりのラブコメは、ただの茶番でしかなかったのだから――
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