第二百十五話 彼の優しさに甘えないで

 ――彼女が学校を休んで、三日が経過していた。


(これじゃあ、どうしようもないわ)


 霜月しほは停滞した現状にうんざりしていた。

 さっさと問題を片付けて、元通りのラブコメを取り戻したかったのだが……しかしそれはまだ実現していない。


(まぁ、いいのだけれどね? どうせ、幸太郎くんも気持ちの整理がついていないようだし)


 とはいえ、この停滞期は悪いことばかりでもない。


 特に中山幸太郎にとってはいい休止期間だったらしく、先週よりは大分マシな顔つきになっていた。


 未だに彼女と対面して話すときはぎこちないが、少しずつ回復はしているので、もう少しの辛抱である。


(もかどしい……かもどしい? あー、分かんないからどうでもいっか)


 もどかしい、と言いたかったのだろうが、言葉が分からないまま思考に匙を投げる。

 難しい言葉を考えてしまったのは、国語の授業を受けているせいだろう。


「明日のテストでもこのあたりは気をつけろよ~」


 温厚そうなメガネの国語教師が、優しく出題範囲を教えてくれている。

 しかし、しほは勉強が嫌いなので、軽く聞き流していた。


(どうせ将来はお嫁さんになるし? お勉強なんて無意味ね)


 なんだかんだポンコツな女の子なので、思考も楽観的である。

 彼女が本気を出すのは好きな人に関することのみなので、その他に関することはいつも適当にやりすごしていた。


(それにしても……明日から、中間テストなのね)


 国語教師の言葉でテストの存在を思い出して、しほは顔をしかめる。

 点数に執着はないが、悪い点数を取ると大好きな中山幸太郎が褒めてくれないので、それはイヤだった。


 両親は悪い点数をとっても『しぃちゃんはやればできる子だから大丈夫よ』と言って甘やかしてくれるが、彼は少し手厳しい。いや、正確に表現するなら、霜月家の夫妻が甘いだけで、中山幸太郎は普通なのだが。


(少しだけなら、勉強してあげようかしら……)


 そんなことを考えて、珍しく授業に集中してみる。

 なんとか授業に身を入れてみたが、終わった時には頭から煙が出ていた。


 ロボットが壊れたみたいに、しほは目をグルグルと回す。


(勉強なんて人間がやるべきことじゃないわっ)


 頭が熱い。まるで長時間駆動したゲーム機のように熱を持っていた。ちなみにこれは余談だが、ゲーム機が熱暴走を起こして電源がオフになる度にしほは発狂してクッションを叩くクセがある。


 ともあれ、ゲーム機みたいに意識がオフになったら大変なので、彼女は頭を冷やすことにした。


(お外で休憩しよーっと)


 まだ二限目で、三限目まで10分しか休み時間がないのだが、しほはそんなこと気にせずに玄関に降りる。


 そのまま、いつもの休憩場所である校舎裏に向かおうとしたのだが。


 そこで、イベントが発生した。


「…………あら?」


 ちょうど、靴箱に到着した時だった。


「…………あっ」


 偶然、彼女と遭遇した。

 ピンク色の髪の毛がトレードマークの女の子で、名前は――


「胡桃沢くるりさん?」


 ここのところ何度も心の中で復唱していた言葉を、そのまま吐き出す。

 そうすると、彼女の方は途端に狼狽えた。


「っ……霜月、しほ」


 あっちにも名を呼ばれて、しほは軽く会釈をする。

 さて、どうしようかと考えると同時に……胡桃沢くるりが、手紙を持っていることに気付いた。


 それから、彼女が誰かの靴箱の前にいることも、彼女は瞬時に察知する。


「どうして、幸太郎くんの靴箱の前にいるのかしら」


 そこで、点と点が繋がる。

 疑問が線となって結びつき、彼女が何をしようとしているのかを理解した。


 普段はふわふわしていて、あまり物事を考えない女の子なのに。

 中山幸太郎のことに関するときだけは、異常なほどに察しが良くなる。


 それもまた、メインヒロインの性質なのかもしれない。


「もしかして、その手に持っているのはラブレターで……今、あなたは、幸太郎くんの靴箱にラブレターを入れようとしているのかしら?」


 そう告げて、様子を伺う。

 ただ、胡桃沢くるりは、問いただす必要もないほどに焦っていた。


 疑念が、確信へと変わる。

 霜月しほは、そんな彼女を……心底軽蔑した。


「また、彼の優しさにつけ込もうとしているの?」


 胡桃沢くるりの行為を、しほだけは絶対に許せなかったのである。


「いくら気持ちに整理がつかないからって、幸太郎くんを利用するのはやめて。告白してわざと振られようとするなんて……最低の行為は、しないで」


 現在、胡桃沢くるりの恋心は揺れている。

 中山幸太郎と竜崎龍馬の間で、どうしていいか分からずにさ迷っている。


 だから彼女は整理をつけようとしていた。


 わざと振られることで、中山幸太郎への気持ちを振り払おうとしていたのだ。


 しかし、その行為を霜月しほは許さない。


「彼が傷つくと分かっていて、その優しさを利用するなんて……そんなこと、しないで」


 中山幸太郎が傷つくことを、彼女は何よりも恐れていたのだから――

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