第二百九話 因縁との邂逅
「じゃあ、もう帰るよ」
「う、うん……バイバイ、竜崎」
胡桃沢の家で治療をした後のことだ。
彼女の様子を確認した後、俺は帰宅することにした。
「ねぇ、本当に送っていかなくても大丈夫? 竜崎の家、遠いんじゃないの?」
「……まぁ、少し距離はあるが」
とはいえ、少し歩けばタクシーを拾うこともできるから、問題はない。
幼い頃に亡くした両親が俺のためにたくさんの財産を残してくれたから、金にもまったく困っていない。
それよりも、今は胡桃沢から一刻も早く離れたかった。
彼女の心は今、揺れている。不安定な状態だからこそ、これを維持したい。
たとえば俺がボロを出して好感度を下げてしまい、また胡桃沢の心が中山に傾いたら、それこそ本末転倒だ。
「でも、大丈夫だよ。気にするな」
「……べ、別に、心配してるわけじゃないけどっ」
やっぱり俺の前では素直になれないみたいで、顔を真っ赤にしながらテンパッている。
そういう素の部分が愛らしく見えた。
「じゃあ、また学校でな……バイバイ、くるり」
最後に、彼女の名前を呼び捨てにする。
今のは別に意図したわけではない。無意識にそう呼んでいた。
打ち解けた相手を呼び捨てにしてしまうのは、昔からのクセである。
……こういうところも『女たらし』になってしまった要因なんだろうなぁ。
「ふぇ? あ、うん……」
胡桃沢……なんて、名字で呼ぶのはもういいか。
くるりはいきなりの呼称に驚いていたが、その顔はまんざらでもなさそうだった。
そんな彼女に手を振って、玄関を出る。
敷地の外まで結構な距離があるけど、まぁいい。考え事もしたかったので、のんびりと歩くことにした。
――オちた。
容易く一人の少女を惚れさせた自分の手腕に、苦笑いがこみあげてくる。
ホストにでもなったらかなり人気になるだろう……自分の才能が怖い。
まぁ、自慢にはならないことなのだが。
これは別に俺が努力して勝ち取ったものではない。
生まれつきに神様からもらった『ギフト』なのだ。
そんなもの、何の自慢にもならない。
むしろ、人と違う自分の個性を知って、戸惑ってすらいた。
俺はなんて人間なのだろう?
今まで、知らなかったでは済まされないほどに、理不尽な存在である。
少し会話した程度で、簡単に相手を恋に落とすことができるのだ。
もっと自分の発言や行動に責任を持つべきだった。自分のせいで恋に落ちてしまった少女と、しっかり向き合うべきだった。
(……もう、遅いけどな)
ただ、今更後悔しても意味はない。
俺を好きだった少女は、少し前……俺が自分をモブキャラだと勘違いした時、一気に離れていった。
俺はいわゆる『ハーレムの主人公』という立場にいたのだと思う。
おこがましい上に、自分で言っておきながら『傲慢すぎる』と思うが、客観的に見たらそうなのだ。
その責任を背負わずに、知らないふりをした結果、たくさんの女の子を失望させることになった。
つまり、ハーレムのメンバーを傷つけてしまったのだ。
もう、あんなことをしてはいけない。
(まだ俺のことを好きでいてくれる女の子を、大切にしないと……)
その相手はもう、数人しかいなくなった。
だから、この数人の思いに責任をもって答えなければならないのだ。
もっともっと、彼女たちのことを大切にして……いつか、きちんと好きになってあげたい。
そうしたら、今度こそ。
(ちゃんとした『ラブコメ』が、送れるかもしれないなぁ)
そのためにも、俺は過去と向き合い、決別しなければならない。
しかし、そうするためには……どうしても避けられない存在が、いた。
「――偶然って、怖いな」
ちょうど、胡桃沢家の敷地を出た時のことだ。
門の前に一台の車がやってきた。
その中から出てきたのは……もっとも忌々しい、因縁の相手だった。
「よう、中山。奇遇だな」
中肉中背の、何の特徴もない同級生に声をかける。
そうするとあいつは、俺を見て目を見開いた。
「……竜崎? どうしてここに?」
俺がこの場所にいることが信じられないのだろう。
安心しろ、俺だって同じ気持ちだ。
どんな偶然か分からないが、くるりの家に来ることになって、しかもお前とまで遭遇するなんてな。
こんなの、普通じゃ有り得ない。
だからたぶん、俺を愛するラブコメの神様とかの仕業なのだろう――
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