第二百七話 ハーレム主人公様の遅すぎる『覚醒』

 ――ああ、彼女は俺のことが好きなんだ。


「まるで、ヒーローみたい……」


 胡桃沢に言われたその言葉に、思わず表情を失いそうになる。


 早朝のことだ。たまたま遭遇した胡桃沢が、たまたま交通事故にあいそうになっていたから、たまたま助けたのだが……その結果、彼女は俺を好きになったらしい。


(嘘だろ? 女って……こんなに、分かりやすい表情になるのか?)


 目の前にいる少女は、俺に熱っぽい視線を向けている。

 その表情を見て、彼女の気持ちに気付いた。


 いや、こんな顔をされて、気付かないわけがなかった。


(お前、中山が好きじゃなかったのか?)


 話が違う。

 しほ……じゃない。霜月が、胡桃沢は中山が好きだと言っていた。


 つまり、霜月にとって胡桃沢は邪魔な存在で……だから俺は『胡桃沢の本性を暴いて』と、彼女からお願いされていた。


『具体的な方法? そんなのないわ……あなたなら、お話しているだけで本心を暴くことができるでしょ? がんばって』


 そうやって無茶ぶりされて、どうしようかなと悩んで、朝から散歩していたら……俺は、道に迷ってしまった。


 思い詰めていたので結構な距離を歩き、この後はどうしようか迷っていたところで、『たまたま』胡桃沢と遭遇して、今に至るわけだ。


 道路に立ち尽くす女の子を助けのは、これで何度目だろう?

 たぶん、五回目くらいだっただろうか。おかげで慌てることなく、スムーズに助け出すことができた。


 そして、あれよあれよの内に胡桃沢に好かれてしまったのである。


(霜月の言う通りだったか……)


 俺は何もしていない。

 だけど、胡桃沢の心を射止めてしまった。


(俺はやっぱり、異常みたいだな)


 霜月に言われて、ようやく自覚できた。

 今までなら、『軽く話しただけで好かれるわけがない』と、胡桃沢の感情も無視していたはずだが……でも、もうそれはできない。


 だって、俺は自分の異常性に気付けたのだ。

 今までは鈍感だったが、その自覚をできるようになったからこそ、相手の表情や感情をきちんと考えるようになったのかもしれない


 おかげで、胡桃沢の『好意』を感じ取ることができた。


「ヒーローなんて、言いすぎだろ。俺は……普通の、人間だ」


 白々しくそう言いながらも、心の奥底では首を縦に振っていた。


 そうだ、俺は主人公なのである。

 何もしなくても、こうやってヒロインに好かれてしまう。


(中山は主人公じゃない……俺が、俺こそが、やっぱり主人公だったんだ)


 自分を疑い、勘違いして、不貞腐れていたが。

 しかしそれは間違っていた。


(くそっ。俺は、もっと自分の立場に責任を持たないといけなかったんだ……)


 霜月が説教をしてくれて、ようやく気付けた。


 竜崎龍馬は、生まれながらにヒロインにモテる。

 だったら、彼女たちの気持ちと向き合わなければならない。

 その義務があったというのに、鈍感であることを言い訳にして、彼女たちと向き合うことを忘れていた。


(梓にも、キラリにも、結月にも、メアリーにも……俺は酷いことをしていた。みんなの気持ちを、踏みにじっていたんだ)


 遅すぎる『理解』に、胸をかきむしる。

 思い返してみると、みんな分かりやすく俺に好意を伝えていた。


 どうしてあの時、気付けなかったのだろう?

 なんであんなにも、自分のことしか考えられなかったのだろう?


(……もう、後悔したって遅いか)


 自分自身が、許せない。

 激怒の感情に突き動かされて、つい自分を殴りたくなる。

 だけど、そんなことしても意味がない。


 自傷行為をしても、救われる人間なんていない。

 だったら、やれることは一つだ。


(ちゃんと、みんなの気持ちに向き合わないと……!)


 遅くなったが、まずはちゃんと受け止めてあげたい。

 そこからようやく、俺の『ラブコメ』が始まるのだ。


「え、えっと……あ! 膝、血が出てるわ……たいへんっ。私の家に来て? 治療しないとっ」


 ……手始めに、まずは彼女と向き合わなければならないか。

 俺の膝にできた擦り傷を見て慌てている少女に、思わず苦笑する。


 大したことのない怪我だというのに。

 そんなにも慌てているのは、何故なのか?


 その答えに気付かないほど、俺はもう鈍感じゃない。


 もう、俺は独りよがりな愚か者なんかじゃないのだ。


 竜崎龍馬という主人公は、ようやく『覚醒』したのである。


(きっと、彼女は俺のことが好きなんだろうなぁ)


 知っているのに、知らないふりをして、先延ばしにするのはもう終わりだ。

 ちゃんと向き合って、受け止めて、答えを出して……そうしてあげることが、ラブコメにおける『マナー』である。


「うん、そうだな。ごめんだけど、家にお邪魔するよ」


 だから俺は、彼女の提案を受け入れた。


 さて、どうしたものか。

 しほ……じゃなくて、霜月か。


 なぁ、霜月。ここから俺に、どうしてほしい?


 お前の目的を果たすために、俺は何をしたらいい?


 ……いや、そんなこと、聞かなくてもいいか。


(胡桃沢の恋心を、奪えばいいんだろ?)


 そうすればお前は、中山と元通りの関係になることができる。

 あのモブキャラ野郎の助けになるのは少々納得できないが……まぁ、今回ばかりは、利用されてやるとしよう。


 それが俺の、償いだ。

 ずっと苦しめていた幼馴染への『餞別』なのだから――

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