第二百三話 罪と罰と償いと決別
「……思ったより素直だわ」
協力の要請に二つ返事で了承を返すと、しほは渋い表情を浮かべた。
力を貸すと言っているのに、こんな顔をされるとは……やっぱり俺のことが苦手なのだろう。
「何か嫌なことを考えていたりしないかしら……まだ詳しいことも説明していないのに、協力的すぎて逆に不審だわ」
不安そうにしているが、悪巧みなんてもちろんしていない。
ただ俺は、自分の気持ちに区切りをつけたいだけだった。
「心外だな……俺はお前が考えているより、悪い人間ではないんだぞ?」
しほは俺のことを敵としか思っていないだろうし、ろくでなしのクズ野郎と認識しているかもしれないが。
でも俺は、彼女が思うほど悪人ではない。
それは自信を持って言うことができる。
「ただ、普通の人間より他人の気持ちが分からなくて、独りよがりなだけだよ。結果的に悪い言動を選ぶことはあっても、自分から望んで悪いことをしているわけじゃない」
「……驚いた。自分がそういう人間だっていう自覚があるのね」
「いいや? ただ、しほに言われたから、そうなんだろうなって」
俺は自分の異常性に自覚があるわけじゃない。
しほにそう言われなければ、自分のことは普通の人間であると認識していただろう。
似たようなことを中山に言われても、まったく信じなかった。俺はずっと自分のことを平凡な人間と思っていた。
でも、しほがそう言ったから……好きな人にそう言われたのなら、受け入れることができる。
彼女の評価は、俺にとって『絶対』なのだ。
「私に言われたから受け入れる? ……その気持ち、よく分からないわ」
「……しほには分からなくていいよ。こんなの、くだらない感情だからな」
別に、理解されたいわけじゃない。
今更、しほに俺の気持ちを伝えたいわけでもない。
もちろん……付き合いたい、とか。恋人になりたい、とか。そういうことも、今は一切考えていない。
不思議なことに、今の俺には下心がなかったのだ。
ただただ、しほのことが好きで……その気持ちを、そろそろ終わらせたいと、決意していたのである。
つまりこれは、餞別だ。
いや、あるいはそれは『償い』と表現した方がいいのだろうか。
もしくは『悪あがき』とも、表現できるかもしれない。
(今回が、最初で最後だ……しほを好きになった証と記憶を刻んで、この気持ちに区切りをつけよう)
最後くらい、しほにとって『いい人』でありたかった。
それは『都合がいい人』であっても、構わない。
とにかく『苦手な人』のまま、終わりたくない。
せっかくの初恋なのだ。どうせ終わるのなら、なるべくいい形にしておきたい。
理想としては……しほが『竜崎くんっていいところもあるのね』と思ってくれたら、とても嬉しいのだが。
遅くなったけど、俺の告白を断ったことすらも、後悔してくれたら……とても幸せなことなのだが。
まぁ、分かっている。
そんなことは、ありえない。
だってしほは、俺のことが苦手なのだから。
「ねぇ、前から言おうと思っていたのだけれど……私のこと、呼び捨てにするのは止めてもらえるかしら」
……ほら。やっぱり、そうだ。
「幼馴染だからって、馴れ馴れしくてあまりいい気持ちがしないわ。私の名前をそう呼んでいいのは、家族の他には……たった一人しか、いないもの」
明確な拒絶の意に、微かに抱いていた夢想すらも砕け散る。
容赦のないしほの嫌悪に、俺は苦笑することしかできなかった。
(これが、今までやってきた『罪』に対する罰なんだろうな)
他人の気持ちを踏みにじってばかりいた俺は、一番に大好きな人から嫌われて当たり前だ。
今更、それをどうこうすることはできない。
だから、せめて……少しでも償って、その罪を軽くしよう。
「分かった。しほ……とは、もう呼ばない」
改めて、自らに言い聞かせる。
これが、しほと関わる最後の機会である――と。
「……霜月、俺は何をすればいい?」
他人行儀にそう呼ぶ。
口にして、しかし違和感はない。
それが、俺と彼女の適切な距離感だから。
寂しさもない。悔しさもない。
ただただ、腑に落ちたのだ。
別の言い方をするなら『しっくりくる』とも言えるだろう。
それはたぶん、しほも同じだったようで。
「ええ、よくできたわね……じゃあ、やってほしいことを、伝えるわ」
初めて、しほが俺に向けて表情を和らげた。
それは微笑みとも表現できない程の、微かな緩みだったけれど。
(……やっぱり、しほには笑顔が似合うよ)
しかしそれだけで、俺はとても嬉しかった。
……そうして、俺は彼女の操り人形となる。
竜崎龍馬という駒が、中山幸太郎と霜月しほのラブコメに、再び介入することになったのである――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます