第二百二話 腐れていた元主人公様の再起
物心ついた時には、彼女のことが好きだった気がする。
幼い頃でも、気が付いたらしほの姿を探していた。
家が近所で、保育園も小学校も中学校も高校も同じで、何の因果なのかずっと同じクラスで……そういう関係だったから、いつの日か一緒にいることが当たり前になっていた。
もう嫌われてしまっているかもしれないが。
しかし、誰よりもしほと一緒にいる時間が長い人間は、俺であるという自負がある。
だからこそ、しほが嫉妬していることが信じられなかった。
しかもその感情は、『やきもち』みたいに愛らしい嫉妬ではない。
明確な敵意を感じる『嫉妬』だった。
その感情には、『排除』という淀みが混じっている。
(こんなに感情を剥き出しにする子だったのか……)
驚きながらも、初めて見た一面に目を奪われる。
つい、見惚れてしまった。
もちろん今のしほは嫉妬しているのだから、いつもよりも醜い感情に支配されていると、言わざるを得ないのだが。
しかし、そういう人間的な一面に、惹きつけられる。
表の顔が清廉潔白としている分、そのギャップに魅力を感じてしまった。
やっぱり、綺麗なだけの人間よりも、少し濁っていた方が、より魅力的になるような気がする。
(振られても、ずっと好きでいる理由が分かったよ……そんなんだから、俺はしほを好きなまま、振り切ることができなかったんだ)
こんな一面を初めて見たけれど、たぶん心の奥底では、しほのそういう部分を感じ取っていたのかもしれない。
ただただ綺麗で、透明なだけの女の子ではなかった。
その奥底に秘められた本性が、彼女という人間性に深みを与えているのかもしれない。
だから、俺は嫉妬しているしほに対して、嫌悪感はない。
むしろ、好意的な感情を抱いてしまった。
「つまり……中山に手を出す女を惚れさせろって、言いたいのか?」
「ええ、その通りね」
表情を一切動かすことなく、彼女は首を縦に振った。
醜い一面を隠そうともしない……まぁ、それは当然か。
しほにとって俺はどうでもいい人間である。
嫌われようが関係ないので、本性をさらけ出しているようだ。
「そんなこと言われてもな……俺は別に、女に好かれるような人間じゃないんだが」
「そんなわけないじゃない。あなたが私以外の人間に嫌われているところなんて、見たことないもの」
「……そうなのか?」
「ええ。あなただって、自覚はあるでしょう?」
……本当に、そうなのだろうか。
まぁ、考えてみると、確かに露骨な嫌悪感を示されたことはないような気がする。
話しかければ大抵、どんな女の子だろうと仲良くなれたっけ。
そういえば……例外は、しほだけだったか。彼女だけには嫌われたが、確かに他の女子には嫌われたことがなかった気がする。
「私にはあまり理解できないのだけれど、あなたは本当によく好かれるわ。でも、その好意は、たいていの場合『上辺』だけの感情で……だからこそ、都合がいいの」
「都合がいい?」
「ええ。仮に、あの子があなたに誘惑されて、惚れちゃうとするじゃない? その場合……彼女の幸太郎くんに対する感情は『偽物』ということになる。あなた程度の人間を好きになってしまうのだから『本物』ではないじゃない?」
「……散々な言いようだな」
無意識に、苦笑する。
しほは俺のことを何だと思っているのだろうか?
でも……まぁ、怒りはない。
むしろ、ハッキリと否定されて、心地良いとすら思ってしまう。
「だって、あなたほど『上辺』だけがいい人間なんていないもの」
「……そうだな。上辺だけで、生きていたからな」
悪いところをハッキリと指摘されて、目が覚めたような気分だった。
たぶん、しほの言葉はまっすぐなのである。
結月は、今の俺を全肯定してくれたが。
しかし、今の俺が肯定されるべき人間ではないことくらい、俺だって薄々分かっていたのだ。
だから違和感を覚えていた。
結月に慰められても、目が覚めなかった。
だが、しほの言葉のおかげで……ようやく、自分の醜さと向き合えたような気がしたのである。
他の誰の言葉でも、こんなに素直になることはできなかっただろう。
つまり、しほだけはやっぱり、特別なのだ。
どんなに時間が経っても、彼女は俺の『好きな人』なのである。
だから……どんなに理不尽なお願い事であろうと、関係ない。
「ああ、分かった。協力する」
俺の力が、しほに役立つのなら。
それだけで俺は、立ち上がることができるのだから――
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