第二百一話 竜崎龍馬にとっての霜月しほとは
――楽しい。
好きな人と話をすることが、楽しくて仕方ない。
会話の内容はあまり良いものではないし、俺も然程いいことを言われているわけではない。
だけど、それでも気分が高揚していた。
過去、こんなにも長いこと、しほとしっかり話したことはほとんどないのだ。
嬉しくないわけがない。
だけど、こんなに楽しい時間が永遠になるはずはなく。
「くしゅんっ」
不意に、しほが寒そうに身を震わせた。
かわいらしいくしゃみの音を耳にして、そういえば彼女が病み上がりだったことを思い出す。
「だ、大丈夫か?」
「……えぇ、もちろん」
気丈に振る舞っているが、やっぱり万全ではないのだろう。出会った当初よりも、顔が青白くなっている気がした。
本当は、もっと暖かいところで話した方がいいのだろう。
たとえば、俺の家――とか。
だけど、しほはその提案は絶対に受け入れない。
だったら、今のままの状態で会話をすればいい……とはならないか。
彼女との会話は、楽しくて楽しくて仕方ない。
可能であるなら、永遠に引き延ばしていたい。
でも、彼女の体調を考えると、それはやっぱりできなかった。
しほが苦しい思いをするくらいなら、楽しい時間も終わりである。
俺の快楽よりも、しほの体調の方が大切なのだから。
(……俺はやっぱり、しほが好きなんだな)
こんなに他人のことを思いやったことが、かつてあっただろうか。
自分らしからぬ自分に、苦笑してしまった。
……どうして今まで、この優しさを他の女の子たちにも向けることができなかったのだろう。
それができていたら、もしかしたら……もっと違う物語を歩めていたかもしれないのに。
俺のラブコメも、こんなに腐ることはなかったはずなのに。
「……? なんで笑ってるのかしら?」
おっと。感情が表情に出ていたみたいだ。
「なんでもない。それより、こんな夜中にいったいどうしたんだ?」
そろそろ、頃合いだろう。
楽しい時間も終わりだ。
病み上がりのしほを早く家に帰してあげるためにも、このあたりで本題に入ることにした。
本音を言えばもっと長く話していたかったのだが、それを諦めたのである。
「まさか、わざわざ俺に説教をするために、来てくれたわけじゃないよな?」
「……そんなこと、ありえないわ」
冗談交じりの言葉に、冷たい言葉が返ってくる。
しほは感情を隠そうとしない。俺のことが嫌いという素直な気持ちを、態度でそのまま表現していた。
(やっぱり、しほは俺にとってクールな女の子だよ)
たぶん、中山にとってのしほは違う印象を持っているだろう。
しかし俺にとっては、ずっと昔からこんな感じで冷たかった。
今みたいに露骨に嫌悪感を出すことはなかったが、終始無言で、振り返ってみるとかなり嫌われていたんだろうなぁ……と、今更になって理解できる。
こんな冷たい少女に熱を与えた中山は、かなり魅力的な人間ではあるのだろう。
……まぁ、俺があいつを嫌いなことには変わりないのだが。
「じゃあ、何の用だ?」
単刀直入に用件を問いかける。
そうするとしほは、こんな言葉を返してきた。
「……あなたの力を、借りたいのよ」
「は? 俺の力?」
いったいどういう意味なのか。
詳細を促すと、彼女は難しそうな表情で説明してくれた。
「中山くんにちょっかいを出す女の子がいるのよ」
「……へぇ」
よりにもよって、嫌いな中山に関することのようだ。
「彼女の本心が知りたいわ。だから、あなたに協力してもらいたくて」
「……俺が協力できる案件なのか?」
何を求められているのか、よく分からない。
中山にちょっかいを出す女を俺がどうしろと言うのか。
「竜崎くん、女たらしでしょう? だから、その子も引っかけてもらえないかな――って」
「…………は?」
その言葉に、思わずぽかんとしてしまった。
だって、今の発言は……しほらしからぬ、ドロドロとした言葉なのだ。
(もしかして、嫉妬してるのか?)
その事実に、目を見開く。
この透明な少女が悪い感情を抱いているという真実に、俺は戸惑ってしまうのだった――
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