第二百話 誰も教えてくれなかった彼の悪いところ

 冬の夜は寒い。

 こんな冷たい空気に触れていたら、きっとしほは体調を悪くする。


 そういえば彼女は、インフルエンザで学校も休んでいた……それを思い出したら、途端にしほのことが心配になった。


「とりあえず、暖かいところに行った方がいいんじゃないか? 俺の家にくるか?」


 別に、他意があるわけじゃない。

 純粋に気遣っただけなのだが、しほはイヤそうに顔をしかめた。


「こんな時でも口説こうとしているのかしら? そういう節操のないところも、得意でないわ」


「……そういうわけじゃ、ないんだけどな」


 ダメだ。否定されているというのに、頬が緩みそうになってしまう。


 どうしてだろう?

 拒絶されることが、心地良い。

 ハッキリと反論してくれて、嬉しいとさえ思っている。


 しほの言葉は不思議だ。

 不快感がないので、抵抗なく受け入れることができるのだ。


「でも、そうね……寒いのは事実だから、手短に話を済ませたいところね」


「……俺は別に、急ぎたいとは思わないけどな。せっかく、幼馴染とこうやってオシャベリできてるんだから、なるべく長くこの時間が続けばいいと思ってる」


「そういう言葉で、何人の女の子が不幸になったことかしら」


「え? 今、俺は変なことを言ったのか?」


「ええ。そんな風にあからさまな好意を向けられたら、純粋な女の子はきっと勘違いをするでしょうね」


「……そうなんだな。知らなかった」


 全部、無意識にやっていたことだ。

 だけど、心のどこかでは、自分の発言に違和感を覚えていた。


 俺はたぶん、普通じゃないのだろう。


 何かを意図した発言ではないのに、それがことごとく意味深になるらしい。だから俺と関わる女の子は、みんなおかしくなった。


 まるで、俺を好きになったかのようになってしまう。

 俺に付きまとい、俺の言葉を肯定してばかりで、俺に気に入られようと必死だった。


 それが、普通だと思っていた。

 だけど、何かが変だとは思っていたのだ。


 その違和感を、ようやくしほが教えてくれた。


「何も考えていないくせに、好意を匂わせる言葉を使うのは卑怯よ。あなたはもっと、自分の言動に責任を持つべきだわ」


「責任……か」


「ええ。誰かと仲良くなって、その子の心を奪ってしまったのなら……受け入れるにしても、受け入れないにしても、ちゃんと選ぶべきだわ。それなのに、あなたは先延ばししてばかりで、それが女の子たちを狂わせてしまうのよ」


 しほにとっては、不本意だろうけど。

 彼女は誰よりも俺と付き合いが長い。

 だから、しほは俺のことをよく知っている。


「竜崎くんのそういうところが、苦手だったの。あなたの周囲からは嫌な音しか響かないもの……とても、気味が悪い不気味な音よ。それがとても、嫌いだったわ」


「……音? どういう意味だ?」


 しほは何を言っているのだろう?

 不気味な音って……何が言いたのか、よく分からない。


 思わず、首を傾げてしまう。

 そんな俺に、しほは呆れたような表情を浮かべていた。


「やっぱり……自分のことしか考えられないから、周囲の人間のことなんて知らないのよね……はぁ」


 重いため息の後、しほは言葉を続ける。


「私はとても耳がいいのよ……どうして知らないの? あなたの隣で、私はよく耳を押さえていたでしょう? あれはね、周囲の音を遮断したかったから、なのよ」


 言われて、ふと思い出す。

 確かにしほは、よく耳を押さえていた。

 あの行動の意味を考えたことなんてなかった。

 だけど、そうか……しほは聴覚が鋭かったのか。


 だから、自分の感覚を音で表現している、ということだろうか。

 そんなことに、今更気付いた。


「あなたは私のことを何も知らないのよ。誰よりも近くにいた幼馴染なのに、ね……そんなんだから、他人のことが分からないの。そういう鈍感なところは、なおした方がいいと思うわ」


「鈍感……か」


 それもまた、中山から言われたことのあるセリフだ。

 あいつの言葉には無意識で反発していたが、しほに言われたら、自然と受け入れられた。


 中山はなんだかんだ、俺のことをよく知っていたのだろう。

 あるいは俺に、あいつの言葉を聞き入れられる素直さがあったなら……今みたいな状況には、なっていなかったのだろうか。


 そんなことを、今更ながらに後悔するのだった――

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