第百九十九話 元主人公様がふてくされていた本当の理由


「あなたはいつもそうだったわ。自分の思い通りにいくことが当たり前で、そうならなかったら不機嫌になって、周囲の子を困らせていた。幼いころから、ずっと変わらないのね」


 月明かりに照らされた白銀の美少女が、真顔で淡々と言葉を紡ぐ。

 中山の隣だとあんなに笑うくせに、俺の前ではピクリとも表情を動かさない。


「独りよがりで、自分のことしか考えていなくて、周囲に優遇されるのが当たり前で……そういうところが、すっごく苦手だったことを、よく覚えているわ」


 ……そういえば、似たようなセリフを過去にも言われたことがあるような気がした。


「中山にも、同じことを言われたな」


 だから、しほに言われなくたって自分のことは理解している。

 そう、思っていたのだが。


「言われたのなら、どうしてそこを直さないの? わざわざ幸太郎くんが指摘してくれたことなのに……まぁ、どうせ無視しているだけなのでしょうけれど。器の小さいあなたは、プライドが邪魔をして幸太郎くんの言葉になんか耳を貸さないのでしょうね」


 どうやらしほは、俺に色々と言いたいことがあったみたいだ。

 しほは言葉を止めない。むしろ荒々しく更に続けた。


「本当に、惨めね……幼馴染という立場にいることすら恥ずかしく思っちゃう。どうして私とあなたに深い縁があったのかしら……どうせなら、幸太郎くんと幼馴染だったら良かったのに」


「散々な言いようだな」


 清々しいほどに不満を隠さないしほの言葉は、不思議と不快感がなかった。


 どうしてだろう?

 こんなにめちゃくちゃ言われているというのに、気分は悪くない。

 ここのところずっとイライラしていたのだが、先程怒鳴ったことで、ストレスが解消されたからなのだろうか。


「それにしても、よく喋るじゃねぇか。前はまったく話さなかったのに、こんなにオシャベリだったなんてな」


「前は話す必要性を感じなかっただけよ……あなたの話はいつも自分勝手で、聞くのも嫌いだったから」


「そうだったんだな……ああ、これも中山から聞いたっけ。あいつは本当に、俺のことをよく見てるな」


「ええ、見てるでしょうね。彼にとってあなたは、ある意味では特別な人でしょうから」


「まぁ、そうだろうよ。俺の好きな人を手に入れたんだから、見下す対象という意味では特別だろうな」


「そういう意味ではないのだけれど……まぁ、いいわ。別に教えてあげる理由もないし」


 思わせぶりなことを言って、しほはため息をつく。

 ただそれだけで、油断するとつい見惚れてしまいそうになる。


 特別……ああ、特別だ。

 やっぱりしほは、俺にとって特別である。


「……お前は本当に、かわいいな」


 無意識に、そう呟いてしまう。

 別に、口説いているわけではない。

 好意を伝えたいわけでもないし、俺の気持ちを知ってほしいなんて、そういう理由もない。


 綺麗な絵画を目にした時のように。

 普段は見れないような絶景を目の当たりにした時のように


 ただただ、しほの美しさに心を奪われただけである。


「知ってるわ」


 一方、しほは本当に素っ気なかった。

 俺に褒められた女は大抵、顔を赤くして照れるというのに……彼女の感情はまるで微動だにしない。


 そういうところが、好きだった。

 前は無口で、何も話してくれなかったけれど……しほは、俺という人間に対しても、他人と同じように冷たくて、特別扱いされないことが、心地よかった。


 そんなことに、今更気付く。

 かつては、そばにいることが当たり前で、好きだった理由をきちんと説明できないほどに、身近にしほを感じていたけれど。


 離れたおかげで、もっとしほの魅力に気付くことができたのだろう。

 そして、自分の気持ちも……改めて、理解した。


(そうか……俺はまだ、この子のことが好きだったんだ)


 宿泊学習の時。

 俺は、しほにふられた。

 あれで俺の初恋は終わったはずだった。


 でも、心のどこかでは、諦めきれていなかったのだろう。


 だから、他の女の子を心の底から好きになれずにいた。

 メアリーのことも、ヤケになって好きだと思い込もうとしていただけだった。


 そのことに、ようやく気付いたのだ。


(今、楽しいのも……しほのことが好きで、会話していることが嬉しいから、なんだろうなぁ)


 恐らく、まともに会話したのは初めてに近い。

 だが、それでも楽しい。

 言われていることがネガティブでも、言葉を交わせている事実に、喜んでいる。


 ああ、久しぶりだ。

 ここのところずっと、何かにイライラして生きていた。

 でも、そのイライラの原因が分かって、スッキリした。


 俺はまだ、しほが大好きだ。

 その恋が終わっていないから、次のステージに進むことが出来なくて、もどかしかった。


 だから俺はふてくされていたのだ。

 色々と理由付けして、自分を強引に納得させていたが、それは勘違いだった。


 何が、モブキャラだから……なんだよ。

 自分の立ち位置なんて、関係ない。


 答えはもっと単純だったのである――

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