第百九十八話 未練があるわけじゃない
別に、まだ好きというわけじゃない。
しほのことはちゃんと諦めて、思いを振り払った。
あの時――宿泊学習の時に、俺は自分の思い違いに気付いた。
しほに対する行動は全て空回っていて、どこまで独りよがりの行動でしかなく、だからこそ彼女は俺を好きにならなかったのだと、受け入れていた。
しほを中山幸太郎に奪われたのは、ある意味では必然だった。俺は自分を主人公だと勘違いしたモブキャラなのだから、しほのような美少女に好かれる権利すらなかったのである。
なのに……どうして、今になって話しかけてくるのだろうか。
「しほ、いきなりどうしたんだ? いや、こんな夜に出歩くなんて、危ないぞ?」
こんな立場になっても、やっぱりしほのことを心配してしまう。
かつては幼馴染として、絶対に幸せにしなければならないと、そういう義務感を抱いていたほどに、彼女のことを大切にしていた。
それがもうクセになっていたのかもしれない。
「心配される筋合いはないわ」
だけど、しほはしっかりと拒絶する。
俺と彼女との間に線引きをして、一定以上の距離から近づけようとしなかった。
「そうやってたぶらかされるほど、私は簡単な女の子じゃないの」
「……別に、たぶらかそうとしているわけじゃないんだがな」
苦笑する。
こんなに警戒されて、敵視されているにも関わらず、しかし喜んでいる自分が、おかしかった。
「なんか、久しぶりだな。こうやって会話するのは、何年ぶりなのか」
「……? 会話したのなんて、初めてでしょう?」
「いいや。お前は会話したつもりなんてないかもしれないけど、俺にとっては会話してたんだよ」
まぁ、全部俺の思い込みだったんだろう。しほにとっては会話とすら思えない程度の交流だが、俺にとっては大切な思い出である。
否定されても、関係ない。
あの日々があるからこそ、今の俺がいるのだから。
「あの時の俺は幸せ者だったよ。だって、こんなにかわいい女の子とずっと一緒にいられたんだからな」
「……そういうの、やめて」
別に、何かを意図して口にした言葉ではなかった。
しかし、彼女はイヤそうな顔をして一歩後ろに後ずさった。
でも、関係ない。
今の俺には失うものがない。
だから、しほに気を遣う必要もないし、なんなら好かれる意味だってない。
嫌われたって良い。今更どうなったって、一緒だ。
「おいおい、別にいいだろ? 初恋の人とオシャベリがしたいだけなのに、そう邪険に扱うなよ」
自嘲の笑みを浮かべながら、一歩彼女へと歩み寄る。
「だいたい、お前から話しかけてきたんだぞ? 何を被害者みたいな顔をしてるんだ? 俺はちゃんとお前の望み通り、距離を取っていたのによぉ……そうやって思わせぶりな態度をとったら、俺はまた勘違いをするかもしれないぜ?」
言葉が、止まらない。
普段なら口にしないようなことを言ってしまうのは、自暴自棄になっているからなのか。
「あーあ。せっかく中山とうまくいってたのに、残念だなぁ……俺がまたお前を好きになっちゃうぞ? お前たちの恋を邪魔してもいいのか? そうなりたくないなら、早くどこかに行けよ」
ほら、逃げろよ。
前みたいに、俺から遠ざかれよ。
嫌いなんだろ?
モブキャラの俺に言い寄られるなんて、屈辱だろ?
「今更、話しかけてくるんじゃねぇよ!」
不安定な情緒が、俺を突き動かす。
無意識のうちに、怒鳴っていた。
もう彼女の顔を見たくなかったのだ。
しほはなんだかんだ、気が弱い。
中山に守られていないと何もできないような、臆病な少女だ。
何を意図して話しかけてきたのかは知らんが、これで逃げるはずだ――と、思っていたのだが。
「だから、ふてくされるのはやめて」
しほは、気丈に言い返してくる。
「その顔、イライラするわ」
今までに見たことのないしほの一面に、俺はポカンとしてしまった。
「悲劇の主人公気取りかしら? 私はそういうの、あまり好きではないの」
目の前にいるのは、臆病で人見知りで無口だった、かつての霜月しほではなかった――
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