第百九十七話 幼馴染と元ハーレム主人公の邂逅
――こんなにも、人生って退屈だったんだな。
モブキャラには生きている価値などない。
何も起こらない、つまらない毎日に、俺は辟易としていた。
(毎日、同じことの繰り返しじゃねぇか)
竜崎龍馬の人生において、こんなに何もなかった時間は初めてである。
朝起きて、学校に行って、家に帰って、ごはんを食べて、寝る。
ここのところ、そういう生活をずっと繰り返していた。
「まぁ、こういうのが普通なんだろうな」
今日もそうだった。
学校が終わって、家に帰って、ぼんやりと時間を潰す。
趣味などない。好きなこともあまりない。今まではだいたい、俺につきまとう女たちに色々と巻き込まれていたから、自分の無趣味さにも気付くことはほとんどなかったが、いざ彼女たちから離れてみると、自分に何もないことがよく分かる。
「モブキャラって、生きてようが死んでようが、大して変わんねぇよ」
呟き、苦笑する。
自嘲の笑みはすっかり癖になっていた。
鏡を見ていなくても分かる。
俺はきっと、卑屈な表情を浮かべているのだろう。
「本当に、俺ってつまんない人間だな」
呟き、ソファに体を深く沈める。
そのまま目を閉じて眠ろうとしたのだが、彼女が手を握ってきたので、そういうわけにもいかなくなった。
「だから、あんまりつきまとうんじゃねぇよ……結月」
こんなに何もない俺なのに。
魅力なんて何一つない、モブキャラだというのに
「つまんなくても、モブキャラでも、関係ありません。そんなあなたが、好きなんです」
北条結月は、俺を肯定する。
励ますことも、自己否定する俺を説教することもしない。
ただただ、今の俺を受け入れている。
……そういうことを言われると、怒る気力もなくなるのだ。
「物好きだな。こんな俺がいいのか?」
「ええ。あなたが竜崎龍馬であることだけが、とても大切なんです。わたくしは、それだけで満足ですから」
「……中身なんて、どうでもいいんだな」
つまり、俺が俺であれば、結月はどうでもいいのだろう。
主人公だろうが、モブキャラだろうが、善人だろうが、悪人だろうが、なんだっていい。
とにかく、俺が竜崎龍馬であれば、結月は受け入れてくれる。
だったら……何も頑張らなくてもいいのだ。
「自分で言うのもなんだが、俺の未来は本当に退屈だからな? お前が幸せになれるとは思わない。結月、本当にそれでいいのか? もっと別の幸せだって、あるんだぞ?」
「……そんなもの、ありません。わたくしにとって、あなたが全てなのですから。あなたと共にいる幸せこそが、最上の幸せに他ありません」
ほら、やっぱり結月は肯定する。
ここしばらく、彼女は卑屈な俺をずっと肯定していた。
だから俺は、腐れている。
どんな人間になったところで、結月が受け入れてくれるのだ。
だったら、それでいいじゃないか。
きっと何かあっても、きっと結月がなんとかしてくれる。
この女は心から俺のことが大好きなのだろう。理解の難しい感性の持ち主だが、まぁその感情を利用してしまえばいい。
どうせ俺はモブキャラだ。
どんな人生を歩んでも一緒だ。
それなら、結月におんぶにだっこの人生の方が楽でいい。
いずれにしても退屈なのは変わらないのである。
「そうかよ。じゃあ、好きにしろ」
「はいっ」
……ずっとずっと、こんな感じの毎日を過ごしている。
俺が主人公ではないことに気付いて以降も、結月だけはそばに居続けてくれた。
学校では、キラリが相変わらずうるさく説教してくるが、あいつに何を言われたって俺は変わらない。
梓の視線を強く感じることもあるが、もうしばらく話すらしていないのだから、あいつも関係ない。
もし、メアリーがいたのなら、もう少しかっこつけていたかもしれないが、あの女もどこかに行ってしまった。
俺の隣には結月しかいない。
なので、消去法で結月を選んでやることにした。
きっと俺は、この先もずっと似たような人生を歩む。
結月に寄生して、養ってもらいながら、退廃的な毎日を送って、腐っていく。
そういう人生を覚悟していた。
そんな人生しか、歩めないと思っていた。
でも、
「――ねぇ、いつまでふてくされていたら、気が済むのかしら?」
その日、信じられないことが起こった。
俺にとっては、奇跡に等しい出来事だった。
「……しほ?」
結月が帰った後のことである。
コンビニに買い物に行こうとしたら、夜道で彼女と遭遇した。
「ええ、そうよ。不本意ながら、あなたの幼馴染の霜月しほよ」
目の前にいたのは、銀髪の美少女。
かつて、好きだった初恋の人にいきなり話しかけられて、息が止まった。
そんなこと、絶対にありえないと思っていたのに。
どんなに手を伸ばしたところで、彼女と関わることは二度とできないと、思っていたのに。
「少し、お願いがあるわ。お話してもいいかしら?」
なんていうことだろう。
彼女から俺に、話しかけてくれた。
それが本当に、信じられなかった――
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