第百九十二話 引き伸ばし、じゃなくて
胡桃沢くるりは、俺としほのラブコメに関して、こんな評価を下した。
『まるで、引き伸ばしじゃない』
その言葉に対して、俺は反論することができなかった。
心の奥底では、そうかもしれない――と、思ってしまったからである。
でも、しほは違う。
俺なんかと違って、彼女は意志が強い。絶対的な自信を持っている。
俺のように、自分を疑うようなことを絶対にしない。
そして、俺以上に、彼女は俺のことを信頼している。
「幸太郎くんはね、私のことが大好きなのよ? もしかして気付いていないのかしら? うふふ♪ こんなに愛されて私はとっても幸せ者だわ……他の女の子に触れたくらいで、こんなに苦しそうな顔をするなんて、とっても素敵よ? 本当に、あなたが愛しくて仕方ないもの」
しほは、俺が気付けない事を発見するのが上手だ。
今みたいに、俺の何気ない行動から、心理を読み解く。
成績は悪いのに、頭の回転は速いのだろうか。時折、ドキッとするくらい、鋭い指摘をすることがある。
「でも、幸太郎くんは自分に対して優しくないから……常に完璧でありたいと、そう願っているから、今でさえあなたは自分に満足できていないのよね? だから、こうやって自分自身が、許せなくなってしまう」
「……そうなの、かな」
言語化できていなかった自分の心理状況を、代わりにしほが説明してくれた。
言われてみると、確かにそうなのかもしれないと、知らなかった自分の側面に気づく。
俺は結構、完璧主義なのかもしれない。
いや、厳密には、理想の自分を追い求めすぎているのだ。
だから、理想に満たない自分にイライラする。
こんな自分なんて――と、否定してしまう。
そういう部分が、しほには危うく見えていたようだ。
「もうちょっと、幸太郎くんが自分を愛せるようにならないと、恋人になっても上手くいかないわ。だって、あなたがあなたに厳しくするから、きっとどこかで破綻する。幸太郎くんが不甲斐ない自分に怒って、私のそばにいることが耐えられなくなってしまう」
――想像してみる。
この状態で、しほと付き合っていたとしよう。
最高の彼女と、横並びに立っている俺……ああ、そういうことか。
つまり、俺はいつかこう考えるようになるのだ。
『中山幸太郎は霜月しほに釣り合っていない』
付き合うようになれば、その感情がより浮き彫りになるだろう。
しほはそこまで考えて……と、言うよりは、そうなることを感じ取っていたのかもしれない。
だから焦らなかった。
ゆっくりと、俺が成長して、自分を愛せるようになるまで待とうとしていたのである。
(やっぱり……引き伸ばしていたわけじゃなかった)
それを理解して、疑ってしまった自分を恥じた。
霜月しほは、俺なんかよりもずっと未来を見ている。
その時に幸せであることを目標に、今を生きている。
刹那的に生きているようで、そうではない。
しほは恋に関して、とても真剣に考えてくれていたのだ。
「でも、ごめんね? それまで、そばで見守ってあげるはずだったのに……体調を崩しちゃったわ。私がいなくなった隙を突かれて、あなたは傷つけられてしまった」
それから、しほは珍しく怒りを見せていた。
「わたしの宝物を穢すなんて……絶対に、許さないわ」
彼女は悔しそうに下唇をかみしめている。
その目には、しほに似合わない闘志の炎が燃え上がっていた――
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