第百九十話 懺悔

 振り返ってみると、やけに不思議な一週間だった。


 胡桃沢くるりさんと出会ったかと思ったら、代わりにしほがいなくなって……そこから平穏な日常が崩れていった。


 あんなにも穏やかだったラブコメが、こんなに激動するなんて、夢にも思わなかった。


 自分自身が、こんなに変わるなんて、予想できるわけがなかった。


 しほのことが、大好きで。

 この子だけに、尽くそうと思っていたのに。

 だけど、彼女を裏切ってしまった。


 情けない。意志の弱い自分が、恥ずかしくて……嫌いだ。

 今の俺は、俺を嫌悪している。


 そんなんだから、しほに触れることをためらってしまう。

 こんな自分が――と、かつてのように、自己否定をするようになってしまったのだ。


「――ごめん」


 一通り語り終えた頃には、もうしほの顔を見ることもできなかった。目を合わせることはもちろん、表情を見るのが怖くて、俯いていたのである。


 怖かった。

 彼女がどんな感情を抱いているのか、知る勇気が出なかった。


 傷ついているのだろうか。

 悲しんでいるのだろうか。

 失望しているのだろうか。

 呆れているのだろうか。


 いずれにしても、彼女にそんな感情を抱かせた自分を、認めたくなかった。

 この現実が受け入れられなかった。


 だから、知らないままでいたくて、躊躇してしまう。

 それすらも『逃げている』ことと同じで、自分自身がやっぱり情けなく感じてしまう。


 ああ……やっぱり、ダメだ。

 自己否定のループに陥っていて、何をしても、何を考えても、何を言っても、俺は俺が許せないのだろう。


「本当に、ごめん……しほを、裏切ることになってしまった」


 全部、打ち明けた。

 一緒に勉強をしたことも、添い寝をしたことも、キスをしたことも……何から何まで、正直に話した。


 隠すことなんてできなかった。

 たとえ、これが彼女を傷つけることになったとしても……隠している方が、彼女をより傷つけることになるからだ。


 しほは俺の全てを知りたがっている。

 だったら、全部説明することだけが、俺に出来る唯一の贖罪だったのだ。


「俺がもっと、しっかりと拒絶できたら……変なこだわりを捨てて、母親に反抗していたら……もっともっと、しほのことを大切にすることが、できていたなら……っ!」


 絶対に、こんなことにはならなかった。


 感情が止まらない。『たられば』なんて、口にしたところで意味などないと分かっているけれど、言わずにはいられなかった。


 自分でも、どうしてほしいのか分からない。


 俺は、許してほしいのか?

 それとも、罰がほしいのか?

 あるいは、励ましてほしいのか?


 それとも……嫌いだと、言ってほしいのか?


 しほにそう言われたら、諦めがつくから。

 彼女に拒絶されたら、全部放り投げて、何も頑張らなくて良いから。


 だから、俺が俺を否定しているように……彼女にも、俺を否定してほしいのだろうか?


 ――そんな思考が脳裏を巡る。

 そうすると、なんだか力が抜けた。


 そうだ、嫌われたらすべてが終わる。

 ラブコメの神様だって、メインヒロインに嫌われた俺に愛想をつかすだろう。


 どうせ、何も変わらない。

 また以前のようなモブキャラになるだけなのだ。


 それなら、まぁ……なんでも、いいや。


 自暴自棄の感情が、思考を放棄する。

 一瞬、どうにでもなれとヤケになって、俺は顔を上げた。

 しほがどんな感情を俺に抱いているのか……それを、確認したのである。


 でも――彼女は俺と違って、いつまでもまっすぐだった。





「ゆるすわ」




 しほが浮かべていた感情は、俺の予想とはまるで違っていた。


 彼女は、優しく笑っていた。


「幸太郎くんは、自分がゆるせないのね……だったら、あなたの代わりに、私がゆるしてあげるわ」


 ――赦す。


 そう告げられた瞬間、不意に膝が崩れ落ちた。


「っ……」


 声が、出ない。

 代わりに出てきたのは……大粒の涙だった――





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