第百七十四話 へにょ?
霜月しほは、意外と食にうるさかったりする。
「幸太郎くん、コンビニのお弁当ばっかり食べたらダメよ? もっと栄養があって美味しいご飯を食べないといけないと思うの。だって幸太郎くんには長生きする義務があるわ」
休日になると、彼女は俺の家で昼食を食べるのが日課だった。
まぁ、俺も梓も料理はできないので、食事といえば大抵はコンビニやスーパーの弁当、総菜、インスタント食品である。
そんなわけなので、中山家で食べるお昼ご飯にしほは文句ばっかり言っていた。
「そんなに不健康なごはんっかり食べて、私より先に死んじゃったりしたら許さないわっ。そうなったら私も一緒に死んで、一緒にお墓に入って、死後も幸せに暮らすしかないものね」
「重いなぁ」
愛が、重い。
俺がいなくなっても末永く幸せでいてほしいのだが、しほはきっと孤独に耐え切れないのだろう。
だから先に死ぬことはできないし、もちろんしほが先にいなくなるのも嫌なので、結局は一緒に死ぬしかないという不思議な結論に至った。
「私と幸太郎くんは永遠に一緒だけれど、やっぱり現世をもっと味わってもいいと思うの。だから、栄養のあるごはんを食べましょう? たとえば、ほら……チョコレートとか!」
まぁ、うん。
分かっていたけど、なんだかんだ彼女はお菓子が食べたいだけなのだろう。
「……さつきさんが厳しいからって、うちに来たらお菓子ばっかり食べるのも、健康に悪いと思うんだけどなぁ」
しほの母親であるさつきさんは、基本的に娘に甘い。
でも、食事だけは厳しいらしく、お菓子やジュース、ジャンクフードはお腹いっぱいは食べさせてくれないらしい。
基本的に自分に甘く、お菓子などが大好きなしほは、それが不満みたいだ。
「むぅ。幸太郎くん、またそうやって正しいことを言って私を困らせようとしているのねっ。そんなこと許されないわ。だって、人間には感情があるのよ? いくら正しいからって、心がイヤだと言っていたら、受け入れられないのが人間という生き物だと思うのっ」
「正しいことを言ったら困るのか……人間ってめんどくさいな」
「そうなの。やれやれ……本当にめんどくさいわ」
いや、正確にはしほがめんどくさいだけだと思うのだけれど。
そこもひっくるめて愛らしいので、しほはやっぱりずるい女の子だ。
「一応、しほの分もお弁当買ってあるけど、食べないのか?」
「……だって、美味しくないもん。これを食べるくらいなら、チョコレートがいいわ」
弁当を差し出しても、しほはぷいっと顔をそむけて、受け取ろうとしなかった。
「うぅ……ママったらどうしてお休みの日はお弁当を作ってくれないのかしらっ。私はママの作るお料理が一番大好きなのに……あの人、パパに甘えるのが忙しくてお弁当を作る時間がないって言うのよ? もう立派な大人なのに、子供っぽい人ね」
「しほがそれを言っちゃうのかぁ」
君は誰よりも子供っぽいと思うけど。
まぁ、それを指摘するとムキになって否定してくるので、何も言わないでおこう。
「じゃあ、将来はどうする? いつまでもさつきさんに作ってもらうこともできないんじゃないか?」
別に、何かを意図した発言ではなかった。
何気なく口にしたセリフだったのだが……それはよくよく考えてみると、将来を想定した一言だった。
まるで、俺としほが結婚することが、確定しているかのような発言で。
普段はあまりこういう不確定なことを口にしない俺だからこそ、しほも意表をつかれたみたいだ。
「へ…………にょ?」
途端に顔を真っ赤にして、しほは唇をもにょもにょとさせる。
耳まで赤くして、目がマンガみたいにグルグルしていた。
「へにょ?」
不思議な鳴き声に首を傾げる。
しほは結構、アドリブが効かないというか……突発的な出来事に弱い。
だからなのか、とても挙動不審になっていた。
「ま、またそうやって私をドキドキさせて……! 女たらしだわっ。幸太郎くんったら、なんだかんだ言って私との将来を考えてくれているのね……♪ もう、かわいいこと言わないでっ。嬉しくてニヤニヤが抑えきれないじゃないっ」
いつもは手玉にとられているというか、からかわれて戸惑ってばかりだけど……たまにこうやってやり返したら、彼女は面白いようにリアクションしてくれるので、楽しかった。
それを狙ったわけではなかったのだが、結果的にしほのかわいいところが見れたので、満足である。
「うふふっ♪ 将来かぁ……そうね、いつまでもママに作ってもらうわけにもいかないし、お料理も勉強しないとねっ。でも、私だけじゃイヤよ? 幸太郎くんも一緒に作りましょっ! 二人でなら、きっと素敵なお料理が作れるはずだから」
そうやって、未来のことを話し合いながら、二人で食事を続ける。
コンビニの弁当は、すっかり食べ飽きた味だけれど……でも、今日はやけに美味しく感じた。
それはきっと、しほが隣にいてくれたからなのだろう。
この子がいたら、どんなごはんも美味しくなるのだから――
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