第百六十六話 ハーレム主人公への道

 話をまとめよう。

 まず、俺の両親が経営している会社が厳しい状況に置かれている、という前提条件がある。


 次に、その状況を打破するために、母から交渉を任された叔母さんが、胡桃沢財閥に出資を申し出たけれど、先方にメリットがないということで商談は破談しかけた。


 しかし叔母さんが胡桃沢財閥の令嬢である娘の名を出したことで、先方の意思が変わった。財閥の経営者であるその人は、娘に甘い人間らしい。商談の結末を、娘である胡桃沢くるりさんに委ねたのだ。


 彼女はその商談を利用して、俺と仲良くなるために一考する。商談を引き受けるよう父であう人間に指示して、その代償として俺に『家庭教師』をするよう依頼を出してきた。


 その交渉に母は二つ返事で乗った、というわけだ。

 俺の意思など関係なく、勝手に商売に利用されたのである。


「さて、幸太郎? どうする……などとは聞かない。お前はどうせ、断れないからな」


 一通り説明を終えて、俺が状況を把握したところで、叔母さんがゆっくりと立ち上がった


「あんな人間を母親と慕っているお前の気持ちは理解できない。ただ、私はその感情を利用させてもらうさ」


 俺の方を見向きもせずに、叔母さんは会議室から出ていく。

 ここでハッキリと拒絶できたら、どんなにスッキリすることか……でも、俺にはそれが出来ない。


 母という存在が、意志に楔を打っている。

 過去に繋がれた鎖が俺を拘束して、身動きを封じていたのだ。


 そんな俺に、もしかしたら叔母さんは同情していたのかもしれない。

 目を合わせなかったのは、ある意味では見ていられなかった、というようにも捉えることができる。


 なぜなら、叔母さんも……もともとは、俺と同じ境遇の人間だからだ。

 俺の感情を理解できないのかもしれないけど、可哀想とは思ってくれているのだろうか。


「恩のある人間が、よりにもよってこう身勝手だと、本当に苦労するものだ……お前も、それから私も、不幸だと思って諦めるしかないな」


 ……叔母さんは、母の妹にあたる人である。

 そして叔母さんは、かつて母に救われた人間であり、俺と同じように大きな恩を感じている。


 かつて、叔母さんは家族を失った。

 もう十年も前のことだった。絶望して、苦しんでいた時に、叔母さんを立ち上がらせたのは、なんと俺の母親だったのだ。


 あの人は、良くも悪くも冷酷である。

 妹の家族が亡くなろうと、あの人は無意味な行動を嫌がる。


 いつまでも落ち込んでふさぎ込む叔母さんを、母は強引に立ちあがらせた。


 だから、実の妹に発破をかけて、無理矢理に働かせた。自ら立ち上げた会社の重要なポジションに立たせて、叔母さんの努力なしでは潰れてしまうという状況を作り上げたらしい。


 おかげで叔母さんは余計なことを考える暇もないくらいに多忙な日々を送ったみたいだ。でも、その期間があったおかげで、叔母さんは再び前を向けるようになったとも、教えてくれた。


 あれは確か、俺が中学生の時だったと思う。きっかけは覚えてないが、とにかく叔母さんが教えてくれたのだ。

 珍しく人間味のある話だったので、今もなおその話は鮮明に覚えていた。


 そして、そんな話を聞いたからこそ……俺は、母を憎みきれないし、叔母さんに嫌悪感を抱くことができないでいる。


 それもまた『過去の鎖』として、繋がっているのかもしれない――そう思った。


「あ、そうそう……あと一つ、お前の母親から指示があったことを、思い出した」


 叔母さんが出ていく寸前のことだった。

 不意に振り返ったかと思ったら、彼女は俺に手を差し出して何かを要求してきた。


 その何かとは、


「携帯電話を取り上げてほしいそうだ。胡桃沢嬢の家庭教師が終わるまでは、私が預かれということらしい」


 ……俺としほを繋げる、大切な糸。

 それすらも、母は断とうとしているみたいだ。


 いや、母ではない……黒幕は、もっと別の概念である。


(ラブコメの神様は、本当に俺としほの関係がイヤなんだな……)


 主人公になってしまったが故に、目をつけられた。

 ラブコメの神様が、裏で暗躍して……俺としほの穏やかなラブコメを、阻んでいる。


 その先にある物語を想像して、背筋が寒くなった。

 もしかしたら、ラブコメの神様は……こんな図を描いているのかもしれない。


(俺を、ハーレムの主人公にするつもり、なのか……?)


 そう考えただけで、鳥肌が立つ。

 最も嫌悪する存在になりそうで、とても不快だった――

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