第百六十三話 『関わらない』は許されない


 インフルエンザにかかると、約一週間は必ず学校を休まないといけないらしい。


 ということはつまり、しほとはしばらく会えないということだ。

 ここ最近、彼女と一緒にいることが当たり前になりかけていたので、まるで自分の一部をもぎ取られたかのような寂しい気持ちはある。


 でも、ちょうどいい機会だったのかもしれない。

 今の俺は、しほに依存しかけている。彼女がいないと何もできない人間になりかけていた……この機会を利用して、改めて自分を見直そう。


 まずは前みたいに一人でも平気でいられる『強さ』を取り戻そうと、そう思って意図的に一人を心がけた。


 まぁ、しほ以外にクラスで話せる相手がいないので、別に気を付けなくても基本的には一人きりなのだが。


「…………」


 無言で一日を過ごす。

 口を開いたのは出席の時くらいで、その他の時間は本当に誰とも話さなかった。


 それがまた、なんとなく不気味ではあって。


(どこかで、胡桃沢さんが話しかけてくるような気がしていたけど……)


 隣の席に座る彼女が終始無言だったのが、気になった。

 俺に幻滅とか失望して、嫌いになったから無視している――という都合のいい理由ではないだろう。


 その証拠に、彼女はずっと俺を見ていた。

 授業中も、休み時間も、トイレに行くときですら視線を感じた。


 たまに視線が合った時は小さく微笑んで手を振ってくるし、俺が嫌そうな顔をしても気にせずに見つめてくるので、厄介だった。


 その表情は、何かを企んでいるような……そんな顔つきにも見えたので、俺は接触するのを徹底的に避けていた。


 学校が終わると、逃げるように校外に出た。恐らく叔母さんが送迎のために待っているはずなので、車に乗り込んでさっさと帰宅しようと思っていたのだが。


 今日は少し、様子が違った。


「あれ? 叔母さん、いつもと車が違うんですけど……」


 まず、叔母さんの乗っている車が、いつものではなかった。

 タバコくさい白の乗用車ではなく、高級そうな黒塗りの車になっていた。


「先程まで取引先に出かけていたからな。今はその帰りだ」


「……なるほど」


 それはまぁ、理解できた。

 たまにはこういうこともあるだろう。


 しかし、いつもと違うのはこれだけじゃなかった。


「……珍しいですね。タバコ、吸ってないなんて」


 あのヘビースモーカーの叔母さんが、何も吸っていなかった。いや、それどころかタバコの臭いすらしない。恐らく、ここ数時間は吸っていないのだろう。


「ああ、だから気が狂いそうだがな……取引相手を不快にさせるわけにはいかないだろう? だから、我慢してるんだ」


 まだ、俺を送迎した後にも商談があるということなのか。

 そう考えたら納得できるのだが……俺が来たというのに、いつまでも出発しないのは、さすがにおかしいと思った。


 更に言うと、車に乗り込まないで外で立っていることも、意味不明だ。寒いのでせめて車内に入りたいのに、叔母さんは誰かを待っているように校門の方を見ている。


「行かないんですか? 忙しいんでしょう?」


 問いかけると、叔母さんは首を横に振る。


「行けないんだよ。なぜなら今から、大切な取引相手と会うんだからな……ほら、噂をすれば、来たぞ」


 叔母さんがそう言った直後のことだった。


「我が社の命運をかけた、商談相手だ」


 促されて、校門の方を見る

 そこにいたのは……ピンク色の、女の子だった。


「な、んでっ」


 息が止まりそうになる。

 まさかの登場に、頭がくらくらした。思わず車にもたれかかると、そんな俺に叔母さんが追い打ちをかけるように説明を行う。


「大手企業『胡桃沢財閥』のご令嬢、胡桃沢くるり様だ……幸太郎、失礼のないようにしろよ?」


 関わらないなんて、できなかった。

 放課後という聖域にすら、彼女は平気で踏み込んでくる――



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