第百六十話 繋がり始めた伏線

 ふと、しほの顔が見たくなった。


(いや、でも……インフルエンザだから、会えないか)


 行ったところで顔を見ることはできないだろう。

 でも、さつきさんから様子を聞くことくらいなら、できるだろうか。


 コンビニで何か差し入れを買って、届けるついでとか……などと、少しでもしほに関われる手段を探していた時だ。


 不意に、白い自動車が俺の隣に止まった。

 見覚えのあるその車は、叔母さんのものだった。


 ラブコメの神様は、本格的に俺としほの関係を邪魔しようとしているらしい。


「幸太郎、乗れ……腹立たしいことに、しばらく私がお前の送迎をさせられることになった。忙しいのに、お前の母親はいったい何を考えているんだ? そんなに子供が気になるなら自分で面倒を見ればいいだろうに」


 助手席の窓を開けて、初っ端から不満をぶちまけている叔母さんに、ため息をつく。

 そうか……また監視が始まったのか。


 幼い頃、母が俺を無能だと気付いていない時に、こうやって見張られていたことを覚えている。

 失望されてからはすっかり放置されるようになったが、最近の俺の行動は許容できないものらしい。


 最近、事業がうまくいっていないことも関係しているのだろうか。

 半ば八つ当たりに近い気もするのだが、抵抗するほどの気力もない。大人しく叔母さんの車に乗り込んだ。


 これからは毎日、俺が遊びまわらないように放課後は送迎するのだろう。


 これではしほのお見舞いに行くことはできなさそうだ……まぁ、行ったところで会えないのだ。後で電話して、それで我慢しよう。


「お前の母親はなんなんだ? いいかげんにしてほしいんだが」


「……叔母さんの姉でもあるんですから、直接文句を言えばいいじゃないですか」


「できるかっ。あれでも私の雇い主だぞ? 一応、特別手当をもらっているから我慢できるが……そうでなければ、とっくに会社を辞めているところだ」


 叔母さんは基本的にお金で物事を考える人である。

 だから、俺の面倒を見ているのも、親族の情があるからというわけではない。母にその分の対価をもらっているからだ。


 なので、小言こそあるが、本格的に叱られたことなどは一回もない。あくまでビジネスライクな関係である。それが良いことなのか悪いことなのかは、分からないのだが。


 ともあれ、今はとにかく母が普通の精神状態でないことは、分かった。


「やれやれ、まったく……色ボケた小僧の面倒なんて本当は見たくないんだがな。そういえばさっきの女はなんだ? ピンク色の髪の毛なんて、珍しいじゃないか。お前の彼女か?」


 タバコを咥えながら車を運転する叔母さんは、俺と胡桃沢さんを見かけていたらしい。


 誤解されないためにも、ハッキリと否定しておいた。


「違いますよ……たまたま会ったクラスメイトです」


「あんな色の高校生がいるんだな。ちなみに、名前は?」


「『胡桃沢くるり』という名前らしいですけど……」


 知ったところで、意味なんてあるのだろうか?

 首を傾げていたら、叔母さんが気になる言葉を零した。


「胡桃沢? 確か、うちの取引相手にも、そういう名前の人がいたような気がするな……」


 人名を知ろうとするのは、ビジネスマンの性質なのだろうか。


 名前を耳にした途端、叔母さんは何かを考えこむように口を閉ざした。


 それがなんだか、不気味だった。

 そろそろ、色々な伏線が繋がってくる頃かもしれない。


 停滞したラブコメが、そろそろ動き出すのだろうか。

 本当に、ラブコメの神様は余計なことをするものである――

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