第百五十九話 あなたの特別な人になれるのなら

 桃色の髪の毛が目障りだった。

 好意を寄せられることがこんなにめんどくさいと感じるのは、初めてである。


「ごめんね? いきなり話しかけて……でも、これだけは確認しておきたかったから」


 話しかけられても、足を止めずに歩き続ける。

 しかし胡桃沢さんは、そんな俺の後ろを健気についてくる。


「私の気持ちは、昨日伝えた通りだから……えっと、ライバルが誰なのか、ハッキリさせたくて」


 ライバル?

 いや、申し訳ないけれど……これはそもそも、勝負にすらなっていないラブコメなんだ。


 俺にとって、しほが一番であることは絶対である。

 その順位が変わることなんてない。


「そうだよ。しほが、俺の大切な人で……大好きな人だ。付き合ってはいないけれど、限りなくその関係に近い女の子でもある。だから……胡桃沢さんの気持ちは、受け取れない」


 ハッキリとそう伝えておく。

 もうこれ以上、無意味なことはしないでほしいと、拒絶する。


 普通の女の子なら……いや、普通の人間なら、思いを寄せている異性にそんなことを言われたら、落ち込んで諦めるだろう。これ以上ぶつかっても、傷つくだけなのだ。自分を守るためにも、ここで身を引くのが自然だ。


 だというのに、胡桃沢さんは頑なである。


「今は、そうかもしれない……でも、未来はまだ分かんないでしょ? 私は、そんな気軽な思いで、あなたを好きになったわけじゃない」


 傷ついても、ボロボロになっても、それでも彼女は立ち上がると言っている。


「あなたの特別な人になるためなら……私は、なんだってやる。諦めたり、しないからねっ」


 その盲目なまでに一途な愛に、めまいがしてきた。


(理由なんてないくせに……)


 俺を好きになった明確な理由を、彼女は答えられなかった。

 なんとなく好きになった人を、異常なほどに愛しているのである……やっぱりそこには、『ご都合主義』という概念が絡んでいると、そう感じてしまう。


 彼女の愛は、本当に『本物』なのだろうか……まぁ、いずれにしろその思いを受け止めることはできない。


 どっちだって結果は同じだ。

 俺はしほが好きで、これからもずっとそれは変わらないのだから。


「そっか。霜月がライバルなんだ……手強いなぁ。あんなにかわいくて魅力的な女の子に好かれるなんて、やっぱり中山はすごいね」


「俺がすごいわけじゃない。しほが、特別だっただけだ」


「じゃあ、特別な人に愛されるあなたも、特別だったってことでしょ?」


 ……どんなに謙遜しても、胡桃沢さんは肯定してくる。

 いくら素っ気ない言葉で追い払おうとしても、彼女は気にせずに詰め寄ってくる。


 そういうところが、鬱陶しかった。


「……ごめん、もう行くから」


 強引に、歩みを早くする。今はもう、彼女から離れたくて仕方なかった。


「そっか……ごめんね、無理に付き合わせて。でも私は、あなたと会話することができて、楽しかった」


 そこまで言って、彼女はようやく立ち止まってくれた。


「また明日ね?」


 そして、踵を返して来た道を引き返していく。

 たぶん彼女の家は反対方向にあるのだろう……わざわざ遠回りになるのに、俺についてきたらしい。


 本当に健気で……そういうところにイライラしている自分に、ふと気付いた。


「っ……俺、こんな人間だったのか?」


 ハッと、我に返る。


 冷静になって振り返ってみると……どうして俺は、胡桃沢さんに対してあんなに失礼な態度ばかりとっていたんだ?


 今まで、話しかけてくれる女の子に対して、イライラすることなんてほとんどなかったのに。


 少なくとも胡桃沢さんに対しては、イライラするほどの感情を持っていなかったはずなのに……いつの間にか人格が変わっていたような感覚に、ゾッとした。


 鬱陶しいとか。

 煩わしとか。

 めんどくさいとか。


 そういうことばかり考えていた自分が、急に気持ち悪くなってくる。


 しほが風邪を引いていて余裕がなかった、という要素を考慮しても……俺にしては、不可解な言動だった。


「くそっ……」


 こんなの、まるで竜崎である。

 好意を寄せる女の子に対して横柄な態度を取る自分が、みっともなく感じた。


 やっぱり俺は、変だ。

 ラブコメの神様の寵愛によって、おかしくなりそうだった――



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