第百五十八話 主人公になってしまった代償

 今までのことを振り返ると、なんだかんだ彼女の立ち位置はずっと不動だったように思える。

 霜月しほは、いつだって俺の隣にいてくれた。俺のことをずっと見守ってくれたし、そばに寄り添ってくれた。


 辛い時、苦しい時、しほは俺が助けてほしい時に、いつも手を差し伸べてくれた。


 なんだかんだ、彼女は中山幸太郎の隣というポジションを、ずっと維持してくれていたのだ。


 メインヒロインという砦が堅固だったからこそ、元モブキャラの俺もしっかりと地に足を付けて立ち上がることができたのかもしれない。


 でも、いざ俺が自立できるようになったら……急にその砦が、脆く崩れ始めた。

 まるで、何か不穏な気配を予兆するかのように。


 最初は、席替えがあって教室内での距離が離れた。

 そして今度は……体調不良で、学校を休んだのである。


「霜月さんは、インフルエンザにかかっちゃったみたいですね……皆さんも気を付けてください。特に彼女と親交のあった方は、手洗いとうがいを徹底するように。少しでも体調がおかしいと感じたら必ず先生に言うようにお願いしますね」


 いつもは適当にしか発言しない先生も、この時ばかりは真面目な顔つきをしていた。インフルエンザは油断すると大勢に感染するので、教員方が警戒するのも当たり前である。


(しほ……大丈夫かなぁ)


 昨日、電話越しで咳をしていたから心配していたけれど……やっぱり体調がおかしくなっていたらしい。


(後で電話しよう……いや、その前にメッセージを入れとくか)


 今はゆっくり休んでいるところだろうか。

 おうちでぐっすりと眠っていてほしい。

 あのご両親なら、きっと親身になって看病していることだろう。ゆっくり休めば、彼女も体調が良くなるはずだ。


 まぁ、寂しい気落ちがないと言えば、嘘になるのだが。

 ともあれ、体調不良はどうしようもないのだ。回復を願って待つことしかできないのは歯痒いけれど、仕方ないことである。


 そういうわけなので、今日は久しぶりに一人で学校生活を送った。


 しほと出会う前までは毎日一人きりだたので、慣れていると思っていたのだが……やっぱりそれはただの強がりでしかなく、とても心細かった。


 一応、休み時間にメッセージは入れておいた。ただ、まだゆっくりと休んでいるのか、一向に返事はこない。いつもなら秒で返信してくるからこそ、余計に心配になってしまう。


 不要な心配だと思うんだけど……やっぱり気分が落ち着かなかった。

 だからなのか、いつもより感情も荒れていたように感じる。


「あ、ちょっ……中山?」


 学校で、何度か胡桃沢さんに話しかけられたような気がしたけれど、返事をする余裕もなかった。

 彼女には申し訳ないけれど、無視をしたのだ。今はそれどころじゃない……しほが風邪を引いて苦しんでいるのに、他の女の子と話す気分になれるわけがないのだ。


 余裕が、なかった。

 俺はしほがいないとこんなに脆い人間だったのかと、自分を情けなく思ったくらいだ。


(こんなありさまだと、竜崎をバカにできないな……)


 先日は、あいつのことを『ヒロインが助けてくれないと何もできない』と評したが……いつの間にか、俺もそういう人間になっているように感じる。


 昔は、こんなことなかったのに。

 モブキャラだった頃は、一人でいても平気だった。自分しか自分を助けることができないから、それも当たり前だ。


 でも、今は『一人でも平気』だなんて、口が裂けても言えなくなっている。


(これが、主人公になってしまった代償なのか……?)


 ラブコメの主人公は完璧であってはならない。

 何故なら、弱みがなければ読者が感情移入をできない上に、ヒロインの存在価値が薄くなるからだ。


 一人で何もかもできる人間は、他者を必要としない。主人公が完璧だったら物語が成立しない。


 だから主人公はヒロインに頼るように設計されている。


 はたしてそれが、正解なのかどうか、明確は答えは出せないけれど。


(もうちょっと、余裕のある人間にならないとなぁ)


 今の俺には、あまりにも余裕がなさすぎる。

 それが隙となり、弱みとなり……付け入る弱点となったのかもしれない。


 ずっと避けていたけれど、放課後ついに彼女に捕まってしまった。


「中山って……やっぱり、霜月が好きなの?」


 放課後のことだった。

 一人で校外から出た瞬間に、彼女が話しかけてきたのである。


「胡桃沢さんか……はぁ」


 思わず、ため息をついてしまう。

 あんなに無視されたのに、気を悪くしないでなおも話しかけてくれるなんて……そういうところが、億劫に感じた。


 どんな扱いを受けても健気に気を引こうとするその一途さが……今はすごく、煩わしかったのである――






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