第百五十五話 本物の愛情

「……疲れた」


 今日は色々とありすぎた。

 叔母さんの車を降りて、家はもう目の前なのに、足取りが重くてなかなか前に進めない。不意に休憩したくなったので壁にもたれかかった。


 吹き抜ける風は体の芯まで凍らせるように冷たかったけど、なんとなく家に入りたくなくて、その場に佇む。


 なんとなく空を見上げると、どんよりとした雲が一面に広がっていて、星も月も何も見えなかった。


「なんて一日だったんだ……」


 うんざりしてため息をつき、今日のことを振り返る。


 まず、竜崎龍馬が久しぶりに登校してきたかと思ったら、モブキャラになってしまっていた。

 次に、転校してきた胡桃沢くるりさんが、なんと俺としほのラブコメにテコ入れしようとしてきた。

 最後に、今まで介入してこなかった母親が、唐突に存在感を強調してきた。


 これらはきっと、後々の伏線なのだろう。

 停滞した俺のラブコメを動かすための前振りだったのだろう。


 そう考えると、気が重くて仕方なかった。


(……しほの声、聞きたいなぁ)


 彼女の顔が思い浮かぶ。

 そこでようやく、スマホの電源を入れていないことに気付いた。

 慌てて電源を入れると……なんと、着信が42件、未読メッセージが102件届いていた。


「……勘弁してくれよ」


 頬が緩む。愛らしいあの子の行動に、心が温かくなった。

 時刻はもう20時をすぎている。しほは家に帰っているだろう……少し声を聞きたくなって、電話をしてみた。


 すると、ワンコールも待つことなく、しほが電話に出た。


「もしゅもしゅっ……あうぅ、舌かんじゃったぁ」


 初っ端から噛みまくり、挙句の果てには物理的にも噛んでいたらしい彼女を想像して、俺は思わず笑ってしまった。


「あははっ……しほ、大丈夫か?」


「大丈夫じゃないわっ。もう、また電源を入れるの忘れてたのねっ? そういうことしたら私の中のかまってちゃんが暴走してヤンデレちゃんごっこしちゃうのよ? もっと気を付けてもいいんじゃないかしらっ」


「ごめん。気を付けるよ」


 ああ、落ち着く。

 やっぱりしほと話していると、心が安らぐ。

 あの子は本当にいい子だ。話しているだけで、気持ちが温かくなるような、不思議な子なのである。


 色々あって荒れていたけれど、しほのおかげで癒された気がした。


「今日は会えなくて、寂しかったわ……学校でも席替えされちゃって、幸太郎くんに甘えたりなかったのにっ。次に会ったら頭をなでてくれないと、私は拗ねちゃうからねっ? だから、今度はいっぱい……甘やかしてね?」


 流石は自称、褒められるより甘やかされる方が伸びるタイプの女の子である。一日、触れ合いがなかっただけで、とても寂しそうにしていた……明日こそ絶対に、甘やかしてあげたいと、そう思わせる彼女はずるい女の子である。


「うん、約束するよ」


 頷き、次の話題を探す。

 もう少し彼女と話をしたい気分だった。


 でも、そんな俺の様子が変なことを、しほは察知していたらしく。


「幸太郎くん……? 少し、元気がないようだけれど、何かあったの?」


 表情は見えなくても、声だけで俺の調子が分かるらしい。

 しほは本当に、俺のことを大切にしてくれているのだろう。じゃないと、こうやって心配してくれたり、しないはずだ。


 胡桃沢さん……君は絶対に、勘違いをしているよ。

 しほは俺のことをこんなに思ってくれているんだ。だから、引き伸ばしているとか、俺の思いを無視しているとか、そういうことは絶対にない。


「私にできることなら、なんでもしてあげるからちゃんと言ってね? 幸太郎くんのためなら、世界征服くらい余裕でしてあげるわっ。だってあなたは私の大切な宝物だもの……だから、遠慮しないで、ね?」


 今だって、俺のことを心から大事にしようとしてくれている。

 この子の愛情は、本物なのだ。


 それを改めて、実感した――

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