第百五十一話 好きになった理由

 ――引き伸ばし。


 胡桃沢さんは俺としほの関係をそう表現した。


「たぶん、その子は怖がってるだけじゃないの? 恋人になった時、あなたとの関係が変わることを恐れているんでしょ? 臆病だから、そうやって引き伸ばしているのよ。ダラダラと今の状態を維持して、中山の気持ちを踏みにじっているんでしょ?」


「違う……彼女は、そんな独りよがりな人間じゃない……俺のことだって、ちゃんと大切にしてくれてるっ」


「そう思い込んでるだけなんじゃないの? 少なくとも、第三者のあたしはそう感じる。あなたとその子の関係は、少しおかしいもの」


 ピンク色の髪の毛が、夕焼けを反射して燃えるように紅く輝いている。

 真剣な瞳に、思わず目をそらしてしまった。


 分からないのだ。

 嫌悪感とか、対抗心とか、無関心の感情には慣れているけれど。

 好意をかざして全力でぶつかってくる少女の対処法が、分からない。


 今だって彼女は俺のためにそう言っている。


 それが分かってしまうから……どうしても、反論が弱くなってしまう。

 いや、もしかしたら……俺も心の奥底では、しほにそういう感情を抱いていたのかもしれない。


 どうして受け入れてくれないんだろう?

 こんなに大切に思っていて、好きなのに…… 俺の愛は、まだ足りないのだろうか?

 しほのことを、もっと愛したいし、愛されたいのに。


 ――そういう感情がないと言えば、嘘になってしまうのかもしれない。


 だから俺は、それ以上の反論ができなくなった。


「私なら、絶対にそんなことしない」


 そして、ここぞとばかりに胡桃沢さんが、踏み込んでくる。


「もし私が、あなたの隣にいることができたのなら……もっと大切にする。中山の思いを受け止めるし、私の思いを捧げるし、二人でもっと幸せになれるように、努力をする。あなたの幸せを、私の幸せにする」


 もう、言い逃れはできない。

 彼女はハッキリと俺の目を見て、自分の感情を言葉にしたのだ。




「別に……中山が好きになったから、こう言ってるだけだからね? 嫌われているとか、勘違いしないでね?」




 勘違いも許さない。

 ツンデレなのにストレートな告白は、俺の退路を見事に断っていた。


「ごめんね? 急にこんなこと言われて戸惑っているでしょ? あ、分かってるわ。どうせ今は私の気持ちなんて受け入れられないと思うし? それでもいいの。振られちゃうことになるけど、とにかく私の気持ちを知ってほしかったから」


 どこまでも、俺に親身になってくれている。

 俺が心苦しく思わないように、自ら振られたことにしてくれて……その上で、まだ諦めないと意思表示していた。


 一途な思いに、胸を打たれる。

 ずっと、踏み込まないように気を付けていた。

 でも、そんな彼女のことが不思議で仕方なかった。

 思わず……どうしても、これだけは聞きたくなってしまったのである。


 それは、


「どうして、俺のことを……好きになったんだ?」


 そう。ずっと気になっていたことが、これだ。

 まだ転校初日。出会って間もないし、なんなら喋ったのも今が初めてである。

 それなのに、最初から彼女の好感度は100パーセントを越えている。しほに匹敵するほどの愛情に、めまいがしそうなくらいだ。


 どんな理由があって、そんなに短時間で人を好きになれたのか。

 その理由は、とてもシンプルだった。


「……分かんない。なんとなく? なんか、いいなぁって思ってたら、いつの間にか『大好き』って感情が溢れてきたの。だから別に、特別な理由はないけど……とにかく、好きになったってことっ」


 顔を赤くしながら、胡桃沢さんは理由を教えてくれる。頬が緩んでいるのは、照れているせいだろうか。


 でも俺は、彼女みたいに純粋な笑顔を浮かべることができなかった。


(理由がないって……そんなの、おかしいだろっ)


 やっぱり彼女の恋は、歪められているものかもしれない。


 だって、人を好きになるには、理由が必要だ。


 その理由がないということは、つまり……


(ご都合主義が……胡桃沢さんの思いを、歪めたんだっ)


 かつて、梓やキラリを苦しめた概念に、胡桃沢さんが侵されてしまったのだ。


 俺が、主人公になってしまったばかりに……中山幸太郎のラブコメに、胡桃沢くるりが巻き込まれてしまったのである――



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