第百四十九話 いつも不機嫌なかわいい転校生が俺の前でだけ饒舌になるんだが

 胡桃沢さんの体は、しほと違って少し体温が低かった。

 しほは温かくていつまで触っていたい欲求に駆られるくらい心地良い少女である。

 一方、胡桃沢さんは、逆の意味で手放したくないという欲求を抱いてしまうような少女である。


 冷たいから、温めてあげたい――と、男心をくすぐるのだ。

 そんなことを考えてしまって、俺は自己嫌悪に陥りそうだった。


 なんだか、しほに申し訳ない。

 あの子を大好きという感情は変わらないのに……どうして俺は、胡桃沢さんにこんな感想を抱いてしまうのだろう。


 少し前までは、他の女の子に魅力を感じたことなんて一切なかった。

 しほだけが、俺の全てだった。


 でも、主人公に成り上がってしまったせいで……俺は、変わってしまったのだろうか。

 かつての竜崎みたいに、女子に対して見境なく好意的な感情を抱くようになったのだろうか。


 自分の変化が、怖かった。

 できるなら、この場から逃げ去りたい。


 放課後の出来事なんてなかったことにして、しほと戯れたい。

 でも、そんな退屈な物語を、ラブコメの神様が許してくれるわけがなかった。


「ご、ごめんね? 私の胸が大きかったら、中山のクッションになったと思うんだけど……小さいから、板みたいだったでしょ? そのせいで痛い思いをさせちゃって、ごめんなさい」


 なおもイベントは続く。

 出会いのイベントは、ラッキースケベという、ある意味ではお約束とも呼べる内容だった。


 そこから更にストーリーが展開していくらしい。


「体……あんまり大きくならないのが、コンプレックスで……って、中山に何言ってるだろうねっ? 別に、私のことを理解してほしいとか、そういうのじゃないからっ」


 取り繕うように継ぎ足された言葉が、逆に分かりやすくて……ああ、彼女は自分のことを知ってもらうために一生懸命なんだと、理解してしまった。


 それに……どうして君が謝るんだ?

 しかも、言っている内容がとても愛らしくて、鳥肌が立った。


 ただただ、かわいかった。


 その言動は、普通の女の子ができるようなものではない。


 そう、今の彼女はまるで……ラッキースケベに戸惑う『ヒロイン』そのものだったのだ。


 顔が真っ赤なのは、体を触られた恥ずかしさと、好意を寄せている男の子に触れることができた喜びが交じり合っているからだろう。


 嬉しいけど、恥ずかしい……そんな表情が、一番男心をくすぐるのだ。


(やっぱり彼女は……俺のヒロインなんだっ)


 認めたくないけれど、かわいかった。


 ピンクという奇抜な髪色と不愛想な態度で普段は隠しているのだろうが……そのヴェールを取り去ると、内側から顔をのぞかせたのは『かわいい』がギッシリ詰まっている、愛らしい少女だった。


「ち、ちなみに中山は……胸が大きい子と小さい子、どっちが好き? で、できれば、小さい方が嬉しいなぁって思ったり……あ、でも、違うのよ? 別に、私のことを気にしてほしいとか、そういうのじゃないからねっ?」


 ああ、なるほど。

 さっきから気になってはいたのだが……胡桃沢さんの言動から、彼女の属性が分かった。


 胡桃沢くるりは『ツンデレ』なのだ。

 王道といえば王道だが……暴力を振るわないあたり、時代に合わせて進化したツンデレと言えるかもしれない。


 猟奇的にならないヤンデレと一緒で、暴力を振るわないツンデレは、それはそれでかわいい属性だと思う。


 これは少し、困ったなぁ。


「もしかして中山はムチムチで大人っぽい人が好きだったりする? クラスで言うと……ほら、黒髪の清楚っぽいあの子とか。えっと、確か北条だっけ? ああいうタイプが好きなら、うぅ……勝ち目が、ないかも」


 ……それにしても、胡桃沢さんはよくしゃべる。

 普段は不愛想なのに、俺の前でだけ饒舌になるなんて……これではまるっきり、しほと一緒だった。


『いつも不機嫌なかわいい転校生が俺の前でだけ饒舌になるんだが』


 そんな方向性で、第三部は開幕するらしい――

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