第百四十七話 これは、元モブキャラだった少年が、成長して主人公になった後の物語


 ふと気付いたには、もう遅かった。


(あれ? スマホ、忘れちゃったかな?)


 帰宅した後にようやくスマホがないことに気付いた。

 カバンにもポケットにもないので、恐らくは学校に忘れてしまったのだろう。


 まったく使い慣れていないし、なんならしほとやり取りする時以外で使用することがないので、スマホの存在自体を忘れていたみたいだ。


 結構頻繁に忘れちゃうんだよなぁ……学校に持っていくのも忘れるし、なんなら家にいても油断するとまったく触らなくなる。そういう時、しほから有り得ない量のメッセージが送られているので、結構怖い。


 まぁ、彼女は結構、おちゃめな子である。

 自分の愛が重たいことも自覚しているようで、たまにそれをネタにしてふざけることがあった。


 だから俺から返信がない時などはわざと30回くらい電話をかけてきたりして俺を怖がらせている……と、俺は思っている。まさか本気でこんなことしてないよな? しほ、お願いだからおふざけであってくれよ?


 95パーセントくらいの確率で大丈夫と思うのだが、残りの5パーセントという可能性はどうしても無視できないあたり、ちょっと厄介だ。まぁ、こういうちょっとしたヤンデレ要素も、かわいさの一因なんだけど。


(って、バカなこと考えてないで、早く取りに行こう……)


 じゃないと、夜にしほからのメッセージを返せなくて、彼女がヤンデレ化してしまう。


 そんなこんなで、俺は再びバスに乗り込んで学校に向かった。

 恐らく、しほも我が家に向かっているはずなので、入れ違いになるんだけど……家には梓がいる。

 しっかりと彼女に『学校に忘れ物を取りに行く』と伝言をお願いしたので大丈夫だろう。ついでに、しほに構ってあげてともお願いした。


 梓は露骨に嫌がっていたけど、二人は結構息が合うので、なんだかんだ仲良くするはずだ。最近は俺の家に来ても二人でゲームばっかりしているんだよなぁ……おかげで成績も落ちているような気がするけど、俺はそれに関しては何も言えない。なぜなら、俺も成績を落としているからだ。


 文化祭が終わった後の中間テストは本当に酷かった……いや、忙しかったからという理由もあるのだが、それは単なる言い訳にすぎないだろう。二週間後くらいに行われる期末テストではがんばりたいところだ。


 と、そんなことを考えながら、バスに揺られること30分。

 学校近くのバス停に到着してから、歩くこと数分。

 到着した頃には、もう空が茜色に染まっていた。


 冬なので日が落ちるのも最近は早い。

 夕焼けに照らされた学校に入ると、ふと懐かしい気分になった。


(そういえば、しほと初めて喋った時も、こんな感じだったなぁ)


 今でもよく覚えている。

 五月。まだ梅雨に入る少し前くらいだったか。あの時、俺は学校に教科書を忘れて、放課後に取りに来た。


 夕焼けに照らされた教室で、居眠りしていたしほに声をかけたのが、仲良くなったきっかけただったなぁ……と、そんなことを思い出して、頬を緩める。


 思い返してみると、あれが人生の転機だった。

 彼女のおかげで俺の人生は色づいた。

 しほは俺の恩人であり、とても大切な人だ。

 こうして彼女のことを考えているだけで、胸が温かくなる。


「ふふっ……」


 小さく笑いながら、教室に入った。

 部活生くらいしか残っていないので、もう誰もいないと思っていた。だからニヤニヤした顔を隠すことなく教室に入ったのだが……その直後のことだった。


「あ、やっと来た」


 唐突に声をかけられた。

 不意の出来事に、思わず表情が凍り付いてしまう。

 ニヤニヤとした笑顔のまま、顔を上げると……窓際で一人の少女が黄昏ていた。


「……? なんで笑ってるわけ? なんかいいことでもあったの?」


 茜色の夕焼けを反射する髪の毛は、燃えているように紅く輝いているが……よくよく見ると、その髪色がピンクであることが分かる。

 それを見て、彼女がようやく誰なのか分かった。


「く、胡桃沢さん……?」


 まさかの登場に戸惑いを隠せない。

 反射的に彼女の名を呼ぶと、胡桃沢さんは小さく微笑んだ。


「ふーん? 私の名前、覚えててくれたんだ……ありがと。嬉しい」


 親しげな表情に、違和感を覚える。

 なんで彼女は、俺にそんな表情を向けるんだ?

 学校ではずっと不愛想だったのに……俺にだけ笑いかける理由が分からない。


 そもそもどうして、彼女は放課後の教室にいる?

 しかも俺を待ち構えていたかのようにも見えた。


「なんで、残ってるんだ……?」


 思わず、問いかけてしまう。

 その理由を、胡桃沢さんは端的に教えてくれた。


「あなたを待ってたのよ。どうしても二人きりで話がしたかったのよね? だから、ほら……スマホ、こっそり盗んで取りに来るように仕組んじゃった」


 その手には、俺のスマホが握られていた。

 彼女は俺と話をするために、わざわざスマホを盗んでいたらしい。


 そんな言動に、嫌な予感を覚える。


(胡桃沢さんは……竜崎のラブコメのテコ入れじゃ……ない?)


 今のところ、竜崎と胡桃沢さんは無縁である。

 だけど、視点を変えてみると……俺と胡桃沢さんの縁は、しっかりと繋がれていた。


 要するに、こういうことなのだろうか。


(もしかして彼女は……俺のラブコメの、テコ入れなのか!?)


 そう。これは、元モブキャラだった少年が、成長して主人公になった後の物語。


 第三部の主人公は、竜崎ではない。メアリーさんの画策によって地に落とされた主人公様は、モブキャラとなってラブコメの神様に見放された。


 代わりにラブコメの神様の寵愛を受けることになったのは――元モブキャラだった『中山幸太郎』なのである。


 つまりこれは、俺の物語。

 そして新ヒロインの『胡桃沢くるり』は……中山幸太郎の停滞したラブコメに変化を与えるための、テコ入れキャラだったのである――



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