第百四十六話 盤石だったはずのメインヒロイン
「え? え? わ、私???」
急に指を差されたしほは戸惑っていた。俺を見て確認するように自分に指をさしている。
ポカンとしている顔もかわいいけれど、今はその愛らしさに微笑んでいられるような状況じゃない。
(なんでしほなんだ?)
俺も戸惑っていた。
てっきり、竜崎関連のテコ入れと思っていたのに……よりにもよって、こっちにくるか?
しかもわざわざ、しほの席を指名したことも気になる。
そこはすなわち……俺の隣でもあるのだ。
なんだか、嫌な予感がした。
ただの気まぐれならいいのだが……いや、待て。
ここで流されるとまずい。なぜなら、しほと俺の席が離れてしまうことになる。
それはとても寂しかったけれど……拒絶するのは難しいか。鈴木先生も早く席を変えろと言わんばかりしほを見ているし、たぶん聞き入れてくれない。
だったら、ここは仕方ない。
「先生、俺が前に行きましょうか?」
しほをかばうように手を挙げて、自ら名乗りを上げる。
離れ離れにはなってしまうけれど、しほは今の席を気に入っているようなので、最低限それだけは死守しようと思った。
でも、胡桃沢さんは露骨にムッとしていた。
俺が手を挙げたら、唇を固く結んでこっちを睨んできた。
それをそばで見ていためんどくさがり屋の鈴木先生は、これ以上長引かせたくないと言わんばかりに、俺にこんな返答をした。
「うーん、中山君じゃなくて霜月さんがいいかな~? 最近、居眠りも多いみたいで、他の先生からも苦情がきてるんですよ~。更生のためにも前に来た方がいいと思いますね~」
ごもっともな理由である。
確かにしほの授業態度は悪い……半分くらいは間違いなく寝ているし、残りの半分も交換日記をしているか、ノートに落書きしているか、どっちかしかやっていない。
自由奔放な少女みたいで愛らしいけれど、先生方がそれを許すわけないか。
そう言われてしまっては、どうしようもないなぁ。
「しほ、ごめん」
小さな声で謝ると、彼女は悲しそうに首を横に振った。
「うぅ、どうせ幸太郎くんと離れるのなら、どっちも一緒だわ……」
寂しそうな顔を見ていると、思わず引き留めたくなってしまう。
でもまぁ、たかだか席替えで席が離れるだけだ。どうせ放課後になったら門限までずっと一緒なので、今までとの関係性はさほど変わらないだろう。
そういうわけなので、しほは渋々席替えをすることになった。
廊下側前方の席に移動した彼女は、退屈そうに頬杖をついて黒板を眺めている。後ろ姿もかわいいけれど、少し距離が離れたこともあって、俺もやっぱり悲しかった。
一方、俺の隣に新しくやってきた胡桃沢さんは……相変わらず、不機嫌そうにムスッとしていた。
「…………」
俺の隣に来ても、当たり前だが何も言わない。
ただ、隣を横切る際にチラリとこっちを見てきたことが、少し気になった。
明らかに彼女は俺を認識している。
元モブキャラの性分で影が薄くなりがちな俺を、ハッキリと見ていたのだ。
なんというか……嫌な予感がする。
今まで盤石だったメインヒロインのしほを動かしてきた胡桃沢さんに、不穏な気配を感じた。
それに、彼女は竜崎に対しても興味がないように見える。
授業が始まっても、昼食の時間になっても、ずっとずっと一人だった。それどころか、竜崎を見ることすらせずに、自分の席でひたすら押し黙っていた。
不機嫌そうに唇を固く結んで、話しかけられてもぶっきらぼうな返答しかせずに、不愛想を維持し続けている。
だというのに……度々彼女は、俺の方を見ているのだ。
ふと視線を感じて目を向けると、毎回胡桃沢さんと目が合った。
「…………」
そのたびに彼女は何も言わずに視線をそらすのだが、やっぱり不気味である。
胡桃沢くるりさんが、どういう立ち位置にいるのかが分からない。
何がしたくて、このタイミングで登場したのか……その理由が見当もつかなかった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます