第百四十二話 ハーレムの牙城ですら

 ――ハーレムが、壊れていく。

 夢から醒めたように、ヒロインたちの愛が冷めていく。


 これは、竜崎龍馬が選んだ道。

 自分をモブキャラだと思い込み、自らキャラクターを手放した結果、ヒロインたちから見放されてしまった。


 これが、未熟なハーレム主人公様の末路なのだ。


 物語の主人公は、当たり前のように成長する。最初は意思が弱くても、物語という試練を通して、徐々に強くなっていく。


 竜崎龍馬も、当初はそうやって理想的な成長曲線を描いていた。

 ご都合主義の力も借りて、立派なハーレム主人公様になりかけていた。


 しかし、彼は羽化することができずにいる。

 その理由は――やっぱり、彼が原因だろう。


 中山幸太郎。


 一人の異物が竜崎龍馬の物語に混入していた。

 その雑音は、物語を通して大きくなっていき……やがて竜崎龍馬の全てを煩わせる異音となった。


 中山幸太郎のせいで、竜崎龍馬の覚醒は果たされなかった。


 宿泊学習の時も、文化祭の時も、竜崎龍馬が覚悟を決めた時には、いつも中山幸太郎がそこにいた。竜崎龍馬の物語を狂わし、捻じ曲げ、壊してきた。


 おかげで竜崎龍馬は未熟なまま、物語が進んでしまい……結果、彼は自信を喪失した。自分に期待できなくなった。どう振る舞えばいいのか分からなくなった。そのせいで彼は、ラブコメの神である『ご都合主義』という概念に見放されてしまった。


 そうなったら、後はもう転落するだけだ。

 地に落ちたハーレム主人公様は、その肩書すらも全てを失う。


 ハーレムが崩壊して、主人公ですらなくなってしまう。


 ただし、まだ彼の周囲には女の子がいた。

 その子たちはいわゆる『サブヒロイン』に分類される、竜崎ハーレムの中でも特に強いキャラクターを持っている女の子たちである。


 彼女たちが、竜崎ハーレムの『牙城』である。

 サブヒロインたちに愛されてさえいれば、まだ竜崎龍馬は主人公であることを維持できる。


 だけど、今の彼には何もない。

 キャラクターとしての魅力を失った『モブキャラ』になっている。

 そんな竜崎龍馬を見て、さすがのサブヒロインたちも……ショックを受けていた。


 ――違う。


 まず初めに違和感を覚えたのは、浅倉キラリだった。

 久しぶりに登校してきた竜崎龍馬を見て、彼女はいちはやく声をかけた。文化祭の一件を経て『自分』を取り戻した彼女は、中山幸太郎を見返すためにも、竜崎龍馬と結ばれる必要がある。


 だから、積極的にアプローチを仕掛けようとした。


「りゅーくん、久しぶりっ! あのね、アタシ……」


 しかし、話しかけている途中で、彼女はすぐに気付いた。


(違う。アタシが好きになった人は、こんな人じゃない)


 直感が、そう告げている。

 もともと彼女が竜崎龍馬を好きになったのも直感だった。

 一目惚れして現在に至るのだが……だからこそ彼女は、感覚的に今の竜崎龍馬を受け入れられなかったのだろう。


「…………」


 話しかけられても、彼は無言で席に座った。

 浅倉キラリのことは見えているだろうが、話す必要がないと言わんばかりに無視していた。


 そんなところが、浅倉キラリには気に食わなかった。


(はぁ……なんか、嫌だなぁ)


 ため息をついて、竜崎龍馬から目を逸らす。

 ふと教室の隅を見ると、中山梓が見えた。彼女もかつては竜崎ハーレムの一因だった。少し前にハーレムから抜けてはいるのだが、しかし彼女は今でも竜崎龍馬を忘れないでいる。よく目で彼を追いかけているくらいには、気にかけている。


 だからこそ、今の竜崎龍馬を見てショックを受けているみたいだ。


「…………えっ?」


 自分の席で呆然としている。目を丸くして、何度も竜崎龍馬を確認している。

 まるで、幻でも見ているかのような仕草だが……これは現実だった。


 それくらい、今の竜崎龍馬は豹変していた。


(こんなりゅーくんを愛するのは、ちょっと違うよね……)


 この状態の彼を愛することは、本音を言うと容易いことだ。

 ただ、受け入れてしまえばいい。ダメなところに目をつぶって、見ないふりをして、いつも通りに振る舞えばいいだけだ。


 でもそれはできなかった。


(それこそ、ただの『依存』になっちゃうし)


 愛することと、依存することは違う。

 竜崎龍馬にすがりついて生きていくのは、もうやめた。

 だから彼女は、あえて彼を無視することにした。


(りゅーくん……なんでそうなっちゃったのかなぁ)


 ショックだった。

 しかし思考は放棄せずに、なんとか彼を救う手立てを考えようとする。


(っ……アタシは頭が良くないから、分かんないのにっ)


 だが、ここがサブヒロインの限界値だった。

 今の竜崎龍馬は、並大抵のキャラクターでは手を出しようもなかったのである。


 このまま、落ちぶれてしまうのだろうか……と、サブヒロインの誰もが思った。


 しかし、ただ一人だけ……こんな竜崎龍馬だろうと、受け入れた人間がいる。


「龍馬さん? おはようございますっ。今日は学校に来てくれたんですね……嬉しいです。何度もご連絡を差し上げましたけど、返信がなかったので心配でした。あ、もちろん返信がなかったことは気にしていませんよ? そこはどうでもいいことですからね!」


 その人間の名前は、北条結月。


 中山幸太郎の、幼馴染である――


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