第百四十話 脆すぎる心
そもそもの話。
竜崎龍馬……お前の挫折は、別に大したものではないぞ?
だって、たった二回、好きな人と意中の関係になれなかっただけだ。
しかもお前は、二人と積み重ねたものがほとんどない状態で振られただけだ。
しほとは幼馴染だったが、お前は結局独りよがりな行動ばかりで、何もしほに与えられなかった。そこで積み重ねたものなんて薄っぺらい偽物でしかないだろう。
メアリーさんなんて、三カ月も一緒にいなかった。しかも彼女は独りで結構動いていたので、四六時中ずっと同じ時間を過ごしたわけでもないはずだ。
竜崎の思いを『恋』と呼べるかどうかも、俺には怪しく見えている。
いや、恋は時間じゃないという論理は分かる。たった数日間でも、積み重ねた思いが厚くなることだってあるだろう。
だが、確実に言えることは、竜崎にはそんなこと有り得ないということだ。
いつもいつも、何もしなくてもご都合主義で女の子に愛された人間なのだ。こいつには人を好きになる能力が欠けている。
だからきっと、しほやメアリーさんに対する気持ちも、さほど強くない気がする。
少なくとも、俺がしほに抱いている愛情よりは薄いだろう。
だから俺には竜崎の気持ちが理解できない。
この程度のことで、ふてくされて卑屈になって言い訳するほど落ち込むなんて、ありえない。
――脆い。
あまりにも、脆すぎる。
ご都合主義で形成された主人公様の薄っぺらさが、不愉快だった。
結局こいつは、女の子にお守りしてもらわないと何もできない、赤ちゃんなのだ。
無条件に愛されて、困ったら泣いて甘えさせてもらって……そんな人生を歩み続けたから、いざ壁にぶつかると、その前に座り込んで両手を上げることしかできない。いつまでも、誰かが抱っこして壁の上まで運んでくれるのを待っているのだろう。
そんな人間に、かけるような言葉などない。
「……そうだな。俺は竜崎のことが嫌いだから、関わりたくなんてないよ」
「気が合うな。俺も、中山が嫌いだ。二度とその顔を見たくない」
ああ、そうだろうな。
お前は俺のことが憎たらしくて仕方ないだろう。
ご都合主義のおかげで勝ったことしかない竜崎にとって、敗北は何よりも屈辱だったはずだ。
それに俺は……竜崎と違って、挫折を乗り越えた人間でもある。
自分で言うのもなんだが、俺は本当に成長したと思う。しほのおかげでもあったけど、一から十まで彼女が甘やかしてくれたかと聞かれると、そうではないと首を横に振れた。
そもそもの話、しほに出会う前にはもう気持ちの面では落ち着いていた。
あの時は、大切にしていた三人から一斉に切り捨てられて、とてもショックを受けていたけど……およそ二カ月くらいでは挫折した現実と向き合えることができた。しほの助けもあったが、なんとかその壁も乗り越えられた。
あまり、比較するような話ではないかもしれないが。
俺の積み重ねは、一番短いキラリでさえ三年近い月日が経っていた。梓は四年、そして幼馴染の結月は実に十五年である。
長く長く、積み重ねてきた思い出があった。
もしかしたら、一枚一枚は薄っぺらい思い出かもしれない。でも、それが年数の単位で積み重なれば、やがて束となって深い思い出になっていく。
その全てを失い、現実を受け止め、苦しみながらも俺は乗り越えたのだ。
もちろんしほはたくさんのきっかけをくれた恩人である。でも、俺だって努力しなかったわけじゃない。おかげでしっかりと強くなれた。
宿泊学習の時は、自らの意思で舞台に上がって竜崎の告白を阻むことができた。
文化祭の時は、しほが意図的に関わらないでくれた物語で、メアリーさんの意思に反してキラリを奮起させたり、逆に彼女の弱点を暴くこともできた。
もう、何もできない人間ではない。元モブキャラではあるけど、俺は今の自分を単なるモブキャラだとは思わない。
何かがあっても、自分でなんとかできるくらいには、強くなれたと思う。
一方、竜崎は挫折を経て、逆に何もできなくなっていた。
その脆すぎる心は、抑圧に耐える前に砕けてしまうのだろう。
だったら……もう、何を言ったところで無駄だ。
(梓、キラリ、結月……申し訳ないけど、俺はやっぱり君たちには何もしてあげられないや)
心の中で三人に謝る。
それくらいしかやることがない。
本当は、もっと竜崎を奮起させるべきなのだと思う。
説教の一つでもして、竜崎を怒らせるなり、やる気を出させるなり、そういうことができれば、彼女たちだってもっと竜崎の背中を押すことができるはず。
しかし、現状の竜崎は、背中を押させてもくれない。
地面に寝転がって、ただただ壁を見上げて、ダラダラとそこで寝始めている。
そんな人間にできることなんて、やっぱり何もないのだ。
「くだらない。そんなことでいちいち、話しかけるな」
もう顔も見たくなかった、言葉を吐き捨てて、その場を後にする。
「ありがとう。もう二度と、俺をイジメないでくれよ? 主人公様は、どうか勝手にラブコメをやっててくれ」
俺の言葉に対しても、竜崎は怒ることもなく。
結局最後まで、卑屈に笑い続けるだけだ。
地に落ちたハーレム主人公様は、もう空を飛べない。こんな人間では、今まで見守ってくれていた『ご都合主義』も、愛想を尽かせてしまうだろう。
以来、竜崎は……主人公としての資格を失い、ぐちゃぐちゃのラブコメを繰り広げるようになるのだった――
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