第百三十九話 主人公様の『人間力』

 こいつは何がしたいんだ?

 不登校になったと思ったら、いきなり俺の前に現れて、しかも意味不明にへらへらとしている。


 自分を『モブキャラ』だと思い込み、なぜか俺のご機嫌を取ろうとしているその姿は、見ていてとてもイライラした。


「何が言いたい? 俺にどんな理由で話しかけた? なぁ、竜崎……今のお前の行動が分からない」


 今の行動に、ストーリーが見えない。

 今後の伏線になるような言動にも思えないし……何がしたいんだろうか。


「いや? 別に大した理由じゃねぇよ。ただ、明日から学校に行こうと思ってるんだがな……中山とは色々あっただろ? 一度、しっかりとけじめをつけておこうと思ったんだ」


「けじめ? お前が、俺に?」


 こいつは何を言ってるんだ?

 お前が俺に謝ることなんて、何一つないぞ?


 俺は悪いことなんて何もされていない。

 お前が謝るべき相手は、いつも思いを踏みにじっている女の子たちだと思うんだけど。


 不可解な発言に、眉をひそめる。

 まずはそのまま、話を聞いてみることにした。


「ああ、俺はお前に対して色々と勘違いしていたんだ……すまんな。正直なところ、俺は中山を見下していた。俺よりも格下の人間だと思って、舐めていた。だから、しほとかメアリーがお前を好きと言って、すごく腹が立ってしまった。でもそれは……間違いだったんだよ」


 勘違い? いや、別にお前の認識通り、俺は格下の人間だ。

 俺が持っているもので竜崎が持っていないものはほとんどない。ただ、内面的な部分では竜崎よりも多少優れている部分はあるかもしれないが、ステータスで考えると、明らかに俺は竜崎より下だ。


 だけど、竜崎はそれを否定する。


「中山は俺よりも格上の人間だった。そのことにようやく気付いたんだよ……今まで舐めたことばかり言って申し訳なかった……明日からは大人しくするから、あまりイジメないでくれると嬉しいよ」


「はぁ?」


 またしても、素っ頓狂な声を上げてしまう。


 本当に意味不明だ。俺はイジメたことなんてないぞ?

 確かに舐められたことは多数あったけど、そのことでいちいち腹を立てるほど、俺はプライドが高くない。


 なのに、なぜ?

 どうしてこいつは、勘違いをしている?


「竜崎、からかってるのか? 俺は別に怒ってなんてないし、イジメたこともないし、謝られるようなこともされていない。意味が分からないんだよ……お前はいったい、俺のことを何だと思ってるんだ?」


 その理由を問いかける。

 どういった理由で、俺にへりくだっているのか……その答えを、竜崎はようやく口にしてくれた。





「だって、中山は主人公だろ? 勝利することが約束されている人間だろ? だから、モブキャラの俺に対して、あまり敵意を示さないでくれよ……そのせいで俺は、失敗ばかりしてるんだ。つまり……学校では、俺をモブキャラとして扱ってくれって話だよ。お前が俺に関わったら、俺は敗北ばかりしてしまうからな」




 ――クソが。


 そういうことだったのか……やっぱりお前は、本当にどうしようもない人間だな、竜崎。


「俺が、主人公?」


 その立場でいさせてくれたのは、大切なあの子しかいない。

 見当違いも甚だしい。俺が主人公であるのなら、もっと別の人生を歩めていた。


 別に後悔はしていない。


 でも、仮に俺が主人公だったとするならば……しほと親密になることはなかっただろうし、お前が不幸にした三人の女の子たちを、しっかりと幸せにできていたはずだった。


 つまり、俺という人間は深く積み重ねたものを失い、挫折を乗り越えて、今に至っている。俺程度の人間ですら、過去を振り払って前へ進んでいる。


 だけど竜崎は、それができていないのだ。


 しほとメアリーさんに振られてショックを受けたのは分かる。心が折れて挫折するのも理解はできる。


 でも竜崎は、それを乗り越えられないでいた。

 この一カ月半。引きこもり、自分の殻に閉じこもって、たどり着いた結論が……『これ』だったのだろう。


 ――中山幸太郎が『主人公』だから。


 そのせいで俺は負けてしまった……と、竜崎は考えているのだ。


 俺が悪いわけじゃない。物語が悪い。配役が悪い。たまたま俺は選ばれなかっただけ。運が悪かったから中山に負けただけ。人間として中山が優れているわけじゃない。あいつはたまたま運が良かっただけ。


 行間の言葉をようやく理解して、思わずため息をついてしまった。


(ご都合主義で形成された主人公様は……本当に脆いなぁ。ヒロインの助けがないと、本当に何もできないんだな)


 弱い。人間として、本当に未熟だ。

 言い訳ばかりして、他人の気持ちを踏みにじり、挙句の果てにはふてくされるなんて……最悪の人間である――

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