第百三十八話 モブキャラに成り下がった主人公様
初めに言っておくが、俺は竜崎のことが大嫌いだ。
だからあいつのことを心配をしているわけではない。あいつなんてどうなってもいい。不幸になろうが、苦しもうが、なんだって構わない。
でも、あいつを愛した女の子たちについては、別問題だ。
もう関係性は薄いし、別に俺から何かをやるわけではないけれど。
それでもやっぱり、彼女たちが不幸になる姿を見たいわけではない。
可能であれば、幸せになってほしいと願っている。
そのためには、竜崎がもっとがんばらなければいけないのだが……あいつはろくでもない人間なので、未だにその兆候が見えなかった。
今だってそうだ。
女の子たちが心配していることなんて分かっているくせに、無視して自分の殻に閉じこもっている。一言連絡を入れてあげれば彼女たちも幾分かマシになるだろうけど、きっと竜崎はそんなことしていない。
あいつは独りよがりな人間だ。
他人を思いやることをいつまで経っても学習できない。
だからいつも、独断的な偏見でしか物事を捉えることしかできないのだ。
メアリーさんみたいに俯瞰的な視点を持つことができたら、あるいはもっといいラブコメを展開できるはずなのだが……竜崎龍馬の覚醒はなかなか訪れない。
あいつは本当に決断が遅い。恐らく、何もせずとも周囲のヒロインが助けてくれたから、自分で考える力が弱いのだ。
だから主人公様特有の『覚醒』も遅い。
女の子に手伝ってもらわないと何もできないなんて、情けない人間だ。
文化祭で俺に敗北して以来、ふてくされた登校拒否しているのだろうが……いいかげんにしてほしいものである。
俺程度に負けて何を落ち込む必要があるんだ?
俺なんかに負けたんだから、奮起して努力しろよ。
キラリはそうしたぞ? 俺を見返すために、新しい一歩を踏み出せたぞ?
おい、竜崎……お前はどうなんだ?
いったいいつになったら、前に踏み出すんだ?
もう12月だ。
文化祭から一カ月以上経過している。
ふてくされるにしても、期間が長すぎる気がした。
そんな時に、あいつはようやく戻ってきた。
「……よう、中山」
しかも放課後、俺の前に現れたのである。
「竜崎……」
場所は校門の外。しほと一緒に帰っていると、竜崎が俺を待ち伏せしていたのだ。
「っ……」
しほは未だに竜崎を苦手としているらしい。あいつを見た瞬間、彼女は距離を取るように後ずさった。
「くくっ……しほ、悪いな。嫌いな俺が現れてすまん。でも、中山に話があるから、ちょっといいか?」
そんなしほを見て、竜崎は笑っていた。
その表情に、俺は違和感を覚えた。
(ん? なんでこんなに、卑屈になってるんだ?)
竜崎は良くも悪くも自信家だった。
うぬぼれていて、傲慢で、だからこそあいつの笑みはいつも不敵だったのだが……今は、そんな様子はまったくない。
まるで、しほに出会う前の俺みたいな、自分にまったく自信のない者が浮かべる笑顔だったのだ。
何やら、様子がおかしい。
「……中山くん、先に帰ってるわね。あんまり、無茶しないでね?」
しほも何かを感じ取ったのだろう。心配そうにそんな言葉を残して、この場を後にした。竜崎のことは本当に苦手なんだなぁ……迷いなく逃げている。
「しほは相変わらず、かわいいな……中山が羨ましいぜ。俺も、ああやって慕われたかった。あんなに素敵な子に好かれるなんて、お前は本当にすごい男だな」
「はぁ?」
いきなり褒められて、意味が分からない。
大嫌いな人間に褒められてもまったく嬉しくなんかない。
「お前、どうしたんだ? 気持ち悪いな……言いたいことがあるなら早く言えよ」
イライラしていた。
らしからぬ竜崎の言動に腹が立っていた。
だいたい、なんで俺の前に現れたんだ?
もっと他に会うべき人物がいただろう。
お前の帰りを待っているハーレムメンバーはたくさんいるんだぞ?
なんでその思いをすべて無視することができるのか……やっぱり俺には意味不明だった。
「ああ、そうだな。俺ごときが中山の時間を奪うなんて、本来ならあってはならないことだからな」
なおも竜崎は卑屈なままで。
あいつは、自嘲するような歪んだ笑顔を浮かべながら、俺にこんなことを言うのだった。
「今まで、悪かったな……俺みたいなモブキャラが中山に盾突くなんて、あってはならないことだったのに。本当に、申し訳なかった」
竜崎は、へらへらしていた。
俺に頭を下げて、ご機嫌をとろうとしていた。
「――っ」
その様に、俺は思わずこいつを殴りそうになった。
まさか……嘘だろ?
メアリーさんに振られて、ショックだったのは分かる。
しほに続いて二人に連続で拒絶されたから、へこんでいるのは理解できる。
でも、たったその程度のことで、竜崎は全ての自信を失っていたのだ。
なんて脆い人間なのだろう……こいつは一気に卑屈となり、自分をみすぼらしい存在だと思い込んでいたのだ。
つまり、ハーレム主人公様だった男は……今、自分自身を『モブキャラ』にしていたのである。
それがとても、不愉快だった――
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