第百三十七話 消えたハーレム主人公様
12月になった。
吐く息が白くなったこの季節。吹き抜ける風に体が震えて、思わず腕をこすってしまう。手袋とコートを着ているのでそんなことをしても意味はないのだが、反射的にそうしてしまうのは、人間の習性なのだろう。
「寒い……」
思わずつぶやき、ポケットに手を入れる。
足早に歩いて、学校へと急いだ。
ふと周囲を見渡すと、俺と似たような態勢の生徒を数多く見かけた。どうやら大きめの寒波がきているらしく、みんな寒さに苦しんでいるのだろう。
雪が降るほどではないのだが……やっぱり寒いことに変わりはない。むしろ雪が降ったらまだ情緒があって寒さも耐えられるが、代わりと言わんばかりに小雨が降っているような状況では、情緒も何もなかった。
少し濡れたせいで、体感温度は更に低くなっていることだろう。
しかも不快なのは、この寒さに耐えたとしても何も獲得できないという点である。ただただ我慢を強いられるだけの季節なので、俺は冬が苦手だった。
(ふぅ……やっと着いた)
学校に到着して、一息つく。
玄関は決して温かくないのだが、風と雨がないので十分だった。
安堵の息をこぼしながら、教室へと向かう。もう始業十分前ということもあってか、クラスメイトは七割ほど揃っていた。
おかげで教室内はとても温かい。暖房もスイッチをつけて少し時間が経っているおかげでもあるだろう。良かった……これくらいの気温じゃないと気が滅入るので、何よりである。
コートを脱いで、ロッカーにしまう。
それからようやく席に座ると……待ってましたと言わんばかりに、隣のあの子がニコニコと手を振ってきた。
「幸太郎くん、おはよっ」
「うん。おはよう、しほ」
挨拶を返すと、彼女は柔らかい笑顔を浮かべる。人見知りだった彼女だけど、最近は教室でもあまり気負わなくなってきたみたいだ。人前に立つとまだガチガチになるが、こうして何気ない場面であれば比較的普通の状態を維持できるようになっている。
この子は本当に、強くなった。
しほの成長を実感して、なんだか嬉しくなってしまった。
「あら? 幸太郎くん、そんなに嬉しそうな顔をして……そんなに私と会えたことが嬉しいの? うふふっ、やっぱりかわいい子だわ♪ よしよし、頭を撫でてあげるからこっちにおいで?」
「……いや、それは後にしておくよ」
若干、調子に乗りやすくなったともいえるけど。
そういうところも愛らしいので、悪いことではないだろう。
うん、だけど人前でイチャイチャすると注目を集めるので、やめておいた。
「また後で、な?」
「はーい。また後で、たっぷり甘やかしてあげるわっ。まったく、幸太郎くんは甘えん坊なんだから~」
「……そうなのかなぁ」
甘えん坊のつもりはないのだが。
まぁ、そういう側面は、もしかしたらあるのかもしれない。
幼少期からあまり両親に愛されていなかったので、愛情に飢えていることは否定できなかった。
でも、最近はしほのおかげで愛情はお腹いっぱいである。あるいは胃もたれするくらい食べさせようとしてくるので、少し自重してほしいくらいだ。
「あっ。そろそろ先生が来ちゃうから、後は交換日記しましょっ?」
「オッケー」
交換日記はまだ続いている。主に授業中なのだが、とても活躍していた。
彼女はとにかくおしゃべりが好きなのだ。さほど話し上手というわけではないけれど、俺はしほの話を聞くのが好きなので、とても充実した時間を過ごせていると思う。
文化祭が終わって、もう一カ月以上が経過した。
俺としほはより親密になって、楽しい時間を過ごしている。
でも、一年二組の教室は……少し、雰囲気が変わっているような気がした。
「はいはーい。みんなちゃくせ~き。今日もお仕事の時間が始まって先生は悲しいですけど、お給料のために皆さんの担任をやりたいと思いまーす。とりあえず出席とるね~」
鈴木先生がやってきて、朝のSHRが始まる。
その際、出席を取るのだが……やっぱり今日も、あいつが返事をすることはなかった。
「竜崎くーん……は、今日もお休みですね~」
そう。このクラスには、竜崎龍馬がいない。
正確に言うと、文化祭以降にあいつは学校にこなくなった。
そう、ハーレム主人公様が消えたおかげで、クラスの雰囲気はガラッと変わったのだ。
特に女子が意気消沈しているように思える。元気印だったメアリーさんも休学して海外に戻っているので、その影響もあるだろう。
おかげで今の一年二組は、暗かった。
まぁ、俺としては別に竜崎龍馬のことなんてどうでもいいのだが。
でも、うん……やっぱり、梓やキラリ、結月の元気がないのは、少し気がかりにならないと言えば、ウソになるだろう。
竜崎……お前、何やってるんだよ。
いつまでもサボってないで、早くお得意のラブコメを展開しろよ。
いつもいつも、女の子を傷つけやがって……本当にあいつは、最悪な主人公様である――
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