第百三十六話(プロローグ) 地に落ちたハーレム主人公様の独白


 ――中山幸太郎。

 またしても俺は、あいつに負けた。


 メアリーに告白しても、彼女は中山が好きだと言って、俺を振ったのである。


 メアリーなら……俺のことを受け入れてくれると思っていたのにっ。

 だって彼女は、俺の前でだけとても優しい笑顔を浮かべる。俺だけが、メアリーにとって特別な人間のはずだった。


 出会いも劇的だった。

 珍しく早起きした朝、ふと思い立って散歩にいった。その際、メアリーがペットの犬を連れて散歩しており、たまたますれ違ったのだが……タイミングよく、犬のリードが外れて車にひかれそうになった。そこを俺が助けたのが、出会いだった。


 以来、メアリーは俺を慕ってくれていた。

 だけど彼女が選んだのは――俺が最も嫌いな、あいつだった。


『中山幸太郎』


 きっかけは、何だったのだろうか。

 もうメアリーと会えなくなったから、それは分からない。

 予想することしかできないが……やっぱり、演劇だったのではないかと思う。


 文化祭の演劇において、主役は中山だった。メインヒロインはメアリーだった。きっと彼女は、舞台上の演技では満足できなくなって、中山を好きになったのだと思う。


 俺には、あいつのどこが魅力的なのか分からない。

 確実に俺よりも下の人間で、あいつが持っているものは全て俺も持っていると自負している。


 でも、それは……ただの思い過ごしだったのだろう。


(しほだけじゃなくて、メアリーまで……)


 一度だけなら、偶然と思い込むこともできた。

 だけど二度目となると、もう言い訳できない。


 俺には、あいつの魅力が何か分からないが。

 とにかく、中山幸太郎は俺よりも上の人間である――というのは、事実だった。


 たとえるなら、そうだな……あいつはいわゆる『主人公』なのである。


 そうでないと、おかしい。

 だってあいつには何もない。人間的な魅力も、他人を魅了する特技も、異性をトリコにする美貌も、中山は何も持っていない。


 それなのに、ことごとく女の子に好かれるのだ。

 しかもその対象は、普通を大きく超えた美女ばかりである。


 こんなの『ご都合主義』としか言えないだろう。

 あいつが魅力的な人間だから、しほやメアリーに好かれているわけじゃない。


 中山幸太郎は、主人公だからヒロインの二人に愛されたのだ。

 つまりあいつは、ただただ運が良かっただけである。平凡な人間の分際で、読者が感情移入しやすいという理由で選別されただけにすぎない人間なのだ。


 ……まぁ、そのことに関しては文句はない。俺はただ運悪くて選ばれなかっただけだ。決して俺が劣っているわけじゃない。


 だが、認めなければならないこともある。

 それは……俺が中山よりも、下の人間であるということだ。


 能力に関係なく、キャラクターの格として、主人公の中山には誰だって勝てない。


 要するに、何が言いたいのかというと。





 竜崎龍馬は取るに足らない『モブキャラ』だということだ。





 ……俺はずっと、自分を主人公だと思い込んでいた。

 でも、違う。俺は主人公じゃない。もしそうだったのなら、しほもメアリーも振り向いてくれるはずだ。


 どうして二人が俺を好きになってくれなかったのか。

 その理由は俺が『モブキャラ』だったから、というわけである。


 それをようやく、理解できた。

 文化祭が終わって、一カ月半くらいだろうか。その間、ずっと家に引きこもって、色々なことを考えていたが……やっと、納得のいく答えを見つけることができた。


 だから俺はもう、思い上がらない。

 モブキャラとして、分相応に生きていく。


 そうすればきっと、これ以上傷つくこともないのだから――

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