第百三十二話(間話一)浅倉キラリのその後



『――今に見てろよ』


 その一言で、彼女はようやく吹っ切ることができた。


(絶対に、見返してやるっ)


 己に固く誓った。

 自分の全てを否定した中山幸太郎に、幸せになった姿を見せ付ける――それが彼女の新しい目標になった。


 十月末のことだ。文化祭も終わり、すっかり元の日常に戻ったところで……彼女は髪形を変えた。


(金髪はもういいや……でも黒髪に戻したら中学生の時みたいだし、茶髪にしよっかな?)


 美容院で、自分の印象をガラッと変える。

 中山幸太郎に言われた『君は誰なんだ?』という一言を忘れるために、彼女は新しい自分をしっかりと形にしたかったのだ。


 髪色は金色から茶髪に変えた。カラーコンタクトもやめて、赤いフレームの眼鏡をかけるようになった。イメージとしては、中学時代と高校時代の融合である。


『アタシは、あたしだ!』


 中山幸太郎に言った通り、浅倉キラリは浅倉キラリなのだ。

 中学生の自分も、高校生の自分も、どっちも浅倉キラリである。だからあえて二つを混ぜた。そんな自分の容姿を、彼女は気に入っていた。


(ギャルでもないし、真面目でもない中途半端だけど……悪くないんじゃないかなっ?)


 それと、変わったことはもう一つある。

 彼女は再び、本を読み始めた。もちろん中学時代の自分に戻りたかったわけじゃなく、単純に彼女は物語が好きだったことを思い出したのだ。


(久しぶりに読んだけど……やっぱり、面白いなぁ)


 かつて熱中した作品は、時を経てもなお温かくキラリを出迎えてくれた。その面白さを咀嚼しながら、読後のカタルシスに身を浸らせる。


 文化祭以降、竜崎龍馬が学校に来なくなったこともあり、時間ができたのでちょうどいい趣味になってくれた。


 彼のことが気にならないと言えば嘘になる。


 でも、竜崎龍馬に縛られるだけの生活は、やめることにした。

 だから彼女はまず、地に足をつけることから始めた。竜崎龍馬が学校に復帰してからは再び勝負が始まる。その時までは休憩と考えることにしたのだ。


(うーん……こんな感じだっけ?)


 昼休み。前までは竜崎龍馬と一緒にご飯を食べていたけど、今日は一人で食べた。黙々と菓子パンを食べながら本を読み、一人の時間を満喫する。


 中学生の頃と同じ生活だ。

 しかしどこか物足りなくて、彼女は首を傾げてしまう。

 あの時はもうちょっと、楽しんでいた気がしたのだ。その理由を探して考え込んでいると……不意に、肩がちょこんと叩かれた。


「意外です。浅倉さん、本をお読みになるんですね」


 振り返ると、そこには黒いフレームの眼鏡女子がいた。

 三つ編みのおさげがトレードマークの、学級委員長ちゃんこと仁王二子だった。


「にこちゃんじゃん。アタシに話しかけるなんて、珍しいね」


「いえ、珍しいのはあなたです。派手な見た目なのに、小説を読んでいるところを初めて見たので、びっくりしました」


 仁王二子は小さく微笑んでいる。

 親しげな態度に、キラリの方が戸惑っていたくらいだ。


 少し前まで、仁王二子はキラリに冷たかった。『にこちゃん』と呼びかけたら、絶対に嫌そうな顔をしたのだが……今日はどこか機嫌が良さそうである。


「何をお読みになってるのですか? よければ教えてください」


 どうやら本に興味があるみたいっだ。


(そういえば、にこちゃんも物語が好きなんだっけ?)


 彼女が演劇の台本を書くくらい物語が好きだったことを思い出す。

 その気持ちは分かるので、キラリも笑顔を返した。


「ラノベだよ? にこちゃんが好きなジャンルとは、ちょっと違うかもね」


「ラノベ……ライトノベルですね。いえ、興味はあります。普段は純文学や童話の原書ばかり読んでいますけれど、前々から手を出そうとは思っていたんです。でも、何から読んでいいか分からなくて、ためらっていたんですよね」


「へぇ……貸そうか? アタシ、いっぱい持ってるよ? オススメの作品、いっぱいあるし」


 彼女としては、別に大して何も考えていなかった。

 何気なく提案してみただけなのだが、仁王二子はとても嬉しそうに頬を緩めて、キラリの手を握ってきた。


「い、いいんですかっ? すっごく嬉しいです! 実は、その……お小遣いが心許なくて、あまり手を付けられないというのも理由にあったんです。ほら、ライトノベルってシリーズ化すると十冊を平気で越えますから、厳しいと思っていたのですが……ありがとうございますっ!」


 仁王二子は、本気で喜んでいた。

 そんな彼女の嬉しそうな態度を見て、不意にキラリは自分も喜んでいることに気付く。


(……あれ? この感じ……中学時代と、一緒かも?)


 作品を読むだけでは物足りなかった。

 でも、仁王二子が話しかけてくれたおかげで、彼女はあの時の楽しさを思い出す。


 その理由は、明白だった。


(そっか……あの時は、隣にこーくんがいたっけ)


 中学生の頃を思い出す。

 あの時はずっと、隣に彼がいた。

 一人で生きてきたと思い込んできたキラリだったが……本当は、一人じゃなかったのだ。


(ああ、そういうことなんだ……アタシ、高校生になってから、大切なものを失ったんだなぁ)


 今更になって思い出す。

 その時のことを思い出して、不意に涙が溢れてきた――

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