第百三十一話(エピローグ) ぐちゃぐちゃにしてやりたいほど大好き






 十月末。週末になって、俺としほはショッピングモールの携帯ショップを訪れた。目的はもちろん、スマートフォンを購入するためだった。


 文化祭が終わったらすぐにでも購入するという約束だったのだが、保護者とのタイミングが合わずになかなか購入することができなかったのである。今日はようやくそのタイミングがあって、無事に買うことができた。


 叔母さんは契約書にサインを書いたらさっさと帰ってしまったけれど、これはいつも通りである。あの人は基本、保護者として最低限のことしかしないので、すっかり慣れていた。


 しほも同伴していたけど結局何も言わなかったし、相変わらずの人だったなぁ。


 まぁ、それはさておき。

 叔母さんに人見知りしてさっきまで大人しかったしほは、急に元気になった。


「うふふっ♪ とうとう幸太郎くんもスマホを買ってくれたわっ……しかも私と一緒の機種で、一緒の色なんて、とっても素敵ね? 夢みたいだわ……お友達とやりたいことリスト63番がついに達成できたっ」


「……その達成リスト、ちゃんと管理できてるのか?」


 数が膨大すぎてたぶん本人も把握できていないような気がするけど。

 しかし、喜んでくれるならなんでもいいか。やりたいことリストの全ての項目が埋まるくらい、一緒にいてあげよう。


「あ、幸太郎くんっ。スマホ貸して? 私のアドレスを一番最初に登録しておきたいのっ」


「ああ、どうぞ」


 まだ使い方がよく分かっていないので素直に差し出した。すると彼女は立ちどまって、色々と弄り始めた。


「ありがとっ♪ よーし、アドレスと、GPSと、行動履歴の記録アプリと、それから――」


「……アドレスだけにしてくれよ?」


 なんか余計なことをされていそうで怖いなぁ。

 まぁ、しほにだったら何をされてもいいんだけど。


「…………」


 しばらく無言で、しほの気が済むまで待つことにする。

 携帯ショップのあるショッピングモールは、休日ということもあって人が多い。すれ違う人の邪魔にならないように、しほを通路の端に寄せようかな。


「しほ、おいで?」


 軽く手を掴んで、引っ張ってあげる。

 そうすると彼女は、俺に体を預けてきたので、優しく受け止めた。両手がスマホで塞がっているので、俺が支えなければ転んでいたと思うのだが……この子は俺のことをかなり信頼してくれているらしい。


 そのまま、後ろから抱きしめるように彼女を支える。

 温かくて、柔らかくて、いい匂いがする……触れ合っていると、やっぱりドキドキした。こんなに魅力的な子と親密になれたことが、未だに信じられなかった。


 俺は、本当にしほのことが大好きなんだろう。

 じゃないと、こんなにドキドキしないはずだ……うん、俺も少しずつ成長している。感情のないモブキャラなんかじゃない。


 だからもう、いいのではないだろうか。


「しほ……そろそろ、俺の『好き』って言葉を聞き入れてくれるか?」


 俺達はこんなに仲がいいけれど、未だに関係性は『友達』のままである。


 かつてしほは『まだ物足りない』といって、俺の告白を受け入れてくれなかった。あの時の俺の『好き』という思いは、しほにとって弱かったらしい。


 でも、俺だって少しは成長した。

 あの時みたいに、ただただ卑屈なだけの人間じゃない。

 自分を愛せているかどうかは、自分ではよく分からないけど……少なくとも、しほを好きという思いは、本物である。


 正直なところ、はがゆかった。

 正式にしほと付き合いたいという欲望が、膨らんでいたのだ。


「『付き合いたい』って、言わせてくれないか?」


 だから、勇気を出して意見を求めた。

 でも、しほは……やっぱり俺の想定をはるかに超えた愛情を、持っているみたいだった。


「――私ね、幸太郎くんのことをぐちゃぐちゃにしてやりたいと思っているの」


「…………え?」


 不意の一言に、ポカンとしてしまう。

 それは、どういう意味なのだろうか……首を傾げていると、しほはニコニコと笑いながら、俺の手をギュッと握った。


「あなたをめちゃくちゃにしてやりたい。私の言葉一つで壊れてしまうくらい……幸太郎くんに、愛されたい」


 ――ある意味では、退廃的と表現できるかもしれない。

 だって、好きな人を壊したいなんて欲望、普通は抱かない。

 でも、彼女はそう思ってしまう。それくらい、俺を好きになっているのだ。


「幸太郎くんは、私を大切にしているでしょう? だから、壊したくないと考えているでしょう? それは嬉しいけれどね? ……その程度の愛情だったら、きっとあなたは壊れちゃうわ。私の愛は、とっても重いのよ?」


 壊したいという欲望はあるが、壊れてほしいとは願っていない。

 だからしほは、首を横に振ったのだ。


「悪くないところまできたけれど……ここで焦ってはダメよ? 私たちの人生は長いもの。あと少し、我慢しましょう? 少なくとも、幸太郎くんが私の愛情に耐えられるくらいに、私のことを好きになってくれるまでは……ね?」


 一時の欲望には惑わされない。

 しほは、はるか先を見据えていた。


「それくらい、私は幸太郎くんのことが大好きなの。だから、あと少し……あなたが壊れないくらいに強くなるまでは、我慢するわ」


 しほだって、我慢している。

 俺がまだまだ未熟だから、その成長を待ってくれている。

 だったら、仕方ない……今はまだ、タイミングではないのだろう。


「そっか。じゃあ、もう少し待っててくれ。ごめんな? まだ待たせちゃって」


「いいえ? このもどかしい関係も嫌いではないものっ♪ たまに欲望が暴走して、幸太郎くんを襲いそうになるけれどね? か弱い幸太郎くんも壊しちゃうから、我慢しているわ」


「……なぁ、それって男側のセリフじゃないのか? しほって俺のこと、か弱いお姫様みたいに扱うよな」


「似たようなものかしら? だってあなたは、私の大切な宝物だもの♪」


 そんな会話をかわしながら、俺達はゆっくりと歩き出す。

 その手はずっと、繋がっていた。


 ……やっぱり、俺としほのラブコメは駄作である。

 こんなに進展が遅い物語は、なかなかないだろう。


 でも、それでいい。


 俺たちのラブコメに劇的なドラマなんて要らない。

 ずっとずっと、幸福の状態が続くのだから――



【第二部 了】




//お読みくださりありがとうございます!

ここまでのお話が、書籍版2巻の内容となります。

web版を読んだ方にも楽しんでいただけるように、8割ほど書き下ろしました!

引き続きどうぞよろしくお願いします。

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