第百三十話 ごほうび
――気付けば、もうすっかり日が暮れていた。
もうそろそろ帰らないと、しほは門限に遅れてしまう。しかし彼女は帰る気がないようで、ずっと俺を抱きしめていた。
「にゅふふっ。久しぶりに幸太郎くんを独占している気分だわっ♪ こうやってずっと抱きしめていたいなぁ……あ、そうだっ。幸太郎くんを抱き枕にするのはどうかしら? 布でくるんで私のベッドに置いておきたいわっ」
……発想が怖いのも、いつも通りだ。
しほはすっかりいつも通りに戻っている。メアリーさんが退場したおかげだろうか。
「そういえば……いつから見てたんだ?」
さっきの彼女は、まるでずっと見ていたかのような物言いをしていたけれど。
実際にそんなことはないだろう。少なくとも、校舎裏にはいなかった。もしあそこにいたら、俺がビンタされた時にしほは飛び出て来ていたはずである。
早くても竜崎の告白くらいか、あるいはあいつが出て行ったくらいのタイミングから、俺達を見ていたのかもしれない――という俺の予想は、だいたい当たった
「ちょうど、幸太郎くんが壁ドンされたくらいかしら? 教室であなたの帰りを待っていたら、空き教室から大きな音がしたの。少し様子を見に来たら、幸太郎くんとメアリーちゃんを見つけたわ」
大きな音、というと竜崎が机を蹴り飛ばした時か。
「だから、詳しい状況までは知らないし、何があった?なんて無粋な質問もしないわ。ただ、あなたの思いだけは理解しているもの……私を守ろうとしてくれたのでしょう? それで、十分だわっ」
そう言って今度は、俺のほっぺたに手を伸ばしてきた。
ちょうど、キラリに叩かれたところである。
「でも、傷つくほどに頑張らなくてもいいのにっ……ほら、腫れてるわ? 何があったかは聞かないけれど、私はあなたが傷ついて辛いってことは、理解している?」
「……うん。ごめんな」
素直に謝る。そうすると彼女は、ニッコリと笑って頷いてくれた。
「きちんと謝れるなんて偉いわ。ええ、もちろん許してあげるっ……あ、そうだっ。幸太郎くん、かがんで?」
「え? あ、うん」
いきなりどうしたのだろう?
何をされるのかは分からないが、言われた通りに中腰になった。
しほよりも少し目線を低くしてみる。
そうすると彼女は、いきなり俺の頭をくしゃくしゃにした。
「よしよし♪ 今回はよくがんばりましたっ。あなたの努力に、ごほうびをあげるわ」
……どうやらしほは、労ってくれるらしい。
そのまま彼女は俺に身を寄せたかと思ったら――そのまま、唇を重ねてきた。
「――っ」
不意の出来事に、頭が真っ白になる。
反対にしほの顔は、熟したりんごみたいに真っ赤になっていた。
「こ、これが……ごほうびよっ? べ、別に、メアリーちゃんに幸太郎くんの初めてが奪われそうになって焦ったわけじゃないからねっ。あなたが大好きだからキスをしたことを、勘違いしないでねっ!」
どこにツンツンしているか意味不明だけれど……そのご褒美を、俺は強く噛みしめた。
――がんばって、よかったなぁ。
心から、そう思えた。
未熟だし、情けない俺だから、不甲斐ない点もたくさんあっただろうけど。
でも、しほは見守ってくれた。俺のがんばりを認めてくれた。終わった後は、しっかりと褒めてくれた。
それだけで、報われた。
がんばって良かったと、心の底からそう思えた。
(絶対に、この子を幸せにしよう……!)
固く、心に誓う。
しほを不幸にすることだけは、絶対にしない。
これからも、ずっと……彼女を守る努力をしよう。
そしてこの子と、幸せになりたいなぁ。
と、そんな願いを夜空に祈って。
第二部は、閉幕となるのだった――
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