第百二十七話 ざまぁみろ――ってね?
かくして、メアリーさんによるざまぁ系ラブコメは、破綻した。
「……ワタシが、失敗? このワタシが? そんなの、ありえないっ」
必死に否定しても事実は変わらない。
だって、彼女が望む結末は訪れていないのだから。
「なぁ、質問に答えてくれよ。今、どんな気持ちだ? お望み通り、ハーレム主人公様は地に落ちたぞ? 清々しいか? スッキリしたか? お望みのセリフは、口にできるか?」
放課後の空き教室。外はいつの間にか暗くなりつつあり、後夜祭も既に始まっているだろう。廊下に出れば、そこはきっと文化祭の熱に浮かされた生徒たちでにぎわっているはずだ。
しかしこの教室だけは、まるで異空間のように空気が冷えていた。
「楽しかったはずなのに……ワタシの作った『物語』は傑作だったはずなのにっ」
ストーリーはまぁ、うまくいっていただろう。
彼女のお好きな『結果』で考えたら、竜崎はヒロインに振られて絶望していた。一方の俺は、サブヒロインには愛されなかったけど、まぁそこそこ幸せな立場を維持できている。
だけど彼女は苦しそうだった。
「ざまぁみろ――なんて、言えないだろうな。だって、好きな人が傷ついたんだから、メアリーさんも辛いに決まってる」
俺は見ていた。
竜崎が告白している時も、ずっと隠れてその様子を見ていた。
掃除用器具のロッカーの隙間から、メアリーさんの表情も見えた。
無自覚だろうけど……メアリーさんは、竜崎の前にいると表情が変わる。俺はそれが演技だと思っていたから気付かなかった。
でも、彼女の感情は作りものじゃなかったのだ。
振る舞いは確かに演技だったかもしれない。メアリーさん自身も、好きになった自覚なんてなかったはずだ。
だけど、さっき気付いた。
彼女は竜崎の前でだけ、とても柔らかい表情を浮かべる。まるで恋する乙女みたいに、目を輝かせる。
あれを見てしまっては、竜崎だって『メアリーに愛されている』と思わないわけがない。だから振られたことにもかなりびっくりしたことだろう。
「結局、君はただのサブヒロインなんだよ。竜崎の周囲を彩るパーツでしかなかったんだ。この巻ではまぁ、物語をいい具合に動かしてくれたし、トリッキーな言動で色々と惑わしてくれたけど……今後は出番が減るだろうなぁ。だって、ハーレムメンバーの一人でしかないんだから、仕方ない」
サブヒロインの扱いなんて、そんなものだ。
「物事を俯瞰的に見ることができる君なら分かるだろう? 今後、報われない恋をすることの辛さを、苦しみを……ああ、なんて結末なんだっ。本当に、嗤わせてくれる」
まずい。感情が抑えきれない。
俺の中に押し込められている黒い感情が膨張していた。
今のメアリーさんは、見ていてとても気持ち良かった。
ああ、そうか。メアリーさんの気持ちが、俺にもやっとわかったよ。
確かにこの快楽は、病みつきになる。
快楽主義者のメアリーさんが夢中になるのも無理はない。
だって俺は今、とても心がスッキリしていた。
「メアリーさん、早く聞かせてくれよ……弄んでいた人間に笑われる気分を、さっさと言ってくれよ。君の後悔を、負け惜しみを、捨て台詞を、思う存分にぶちまけろよ! ……じゃないと、こう言えないだろ?」
それは、彼女が飢えていた言葉。
しかし今回は、俺が言わせていただこう。
「ざまぁみろ――ってね?」
その瞬間、メアリーさんはよろめいた。
机にもたれかかるように手をついて、俯いた彼女は……絶望に、打ちひしがれていた。
「……そうか。ワタシは、ただのサブヒロインだったんだ」
さすがは天才だ。
理解が早くて、理性的だ。
感情的にならずに……いや、感情的になれないから、自分の立ち位置を理解するのも早かった。
でもそれは、諸刃の剣でもある。
梓みたいに、反省することもできない。
キラリみたいに、奮起することもできない。
ただただ現実を受け入れて、絶望することしかできない彼女は……やっぱり、哀れなキャラクターだと思った。
「そうだ。君はサブヒロインで、クリエイターなんかじゃない。今後は二度と、勘違いしない方がいい……分不相応のことをすると、痛い目を見る」
これは、自分のことを主人公だと勘違いしていたモブキャラからの、忠告だ。勘違いしていた先輩による助言だ。
「サブヒロインはサブヒロインらしく、主人公様のご機嫌でも取っておけ。そうすれば、寵愛のおこぼれをいただけるだろうよ」
吐き捨てるようにそう言って、俺は彼女から視線を逸らした。
これで、メアリー・パーカーの出番は終わりだ。
色々と振り回されたけど……ともあれ、なんとか物語は区切りを迎えたのである。
主人公様もサブヒロインも失恋して、真の黒幕はミイラ取りがミイラ状態か……まったく、なんて酷いラブコメなんだ――
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