第百二十六話 竜崎龍馬という毒
――まさかの展開に、俺は笑いが止まらなかった。
「アハハッ! なぁ、君は今、いったいどんな気持ちを抱いているんだ? スッキリできているか? 清々しい思いに浸れているか? ざまぁみろ、なんて思えるのか?」
彼女の顔を見て、一瞬で気付いた。
悲しいけれど、俺はその顔をかつて三度も見ている。気付かないわけがなかった。
「っ……!」
いつもは饒舌なメアリーさんも、今だけは何も言えずにいるようだ。
それも無理はないだろう。
だって彼女は、自分が『恋』をしていたことに、初めて気づいたからだ。
「何も言えないだろ? 頭の中が竜崎でいっぱいだろ? 好きな人が傷ついて、苦しいだろ???」
あの時と一緒だ。
高校の入学式に、竜崎に恋をした三人の女の子と、まったく一緒の顔をしていた。
それがとても、愉快だった。
「クリエイター気取りで、物語を思いのままに操っていたつもりだったかもしれないけれど……残念だったなぁ。君は結局、ただのサブヒロインだ」
メアリー・パーカーは確かにトリッキーなキャラではあった。
でも、結局彼女は物語を動かすための一因にすぎなかった。
「違うっ。ワタシは、クリエイターだ……! リョウマも、コウタロウも、キラリも、何もかも、ワタシの思い通りになるはずだったのにっ」
「でも、そうはならなかった。クリエイターにしては粗末だなぁ……全然思い通りにいかず、カタルシスも薄く、読後の余韻も悪い。この程度でクリエイターを名乗るなんて恥ずかしくないのか?」
本当に、滑稽だ。
まるで、俺みたいである。
かつて、自分を主人公だと思い込んでいた俺と、今のメアリーさんは同じだ。クリエイターだと思っていたら、ただのサブヒロインでしかなかったのだ。きっと、彼女はとてもショックを受けているだろう。
その証拠に、まだ現実を受け入れきれていなかった。
「ありえないよっ。だって、理由がない……ワタシがリョウマを好きになった? いやいや、まさかっ。あんな人間のどこを好きになれるの? ありえないっ」
必死に否定しているところ悪いが、そんな理由を探しても意味はないだろう。
だって竜崎龍馬は『主人公様』なのである。
「理由なんてないに決まってるだろ。竜崎はな、毒なんだ……関わった人間の心を犯して、狂わせてしまうんだよ」
あのメインヒロインのしほでさえ、竜崎に対してはとても警戒していた。目を合わせない、しゃべらない、関心をもたない、という感じで徹底して竜崎をさけていた。
きっと、メインヒロインとしての直感で嗅ぎ取っていたのだろう……いや、しほの場合は『聞き分けていた』と表現する方が正しいかな。
それくらい竜崎は危険で、異常なのだ。
その証拠に、かつて俺が大切にしていた女の子たちは、ことごとく狂っていった。
梓も、キラリも、結月も何かが歪んでいた。最近、梓はその歪みが治りつつあるし、キラリも底を脱した気はするけれど、竜崎の後遺症は永遠に残るだろう。
それくらいあの男は、異常な存在なのだ。
むしろ、こんなにも竜崎の隣にいたのに、まだ恋をしていたと自覚している程度で済んだのだから、メアリーさんはマシな方だろう。
普通のサブヒロインなら、初対面で毒に屈する。依存して、心を破壊されるのだ。彼女はまだ、耐えた方だと思う。
「ご都合主義に理由なんて要らない。ほら、君もいつも言ってただろう? 『過程』なんて関係なかったんだよ」
人を好きになるのに理由は要らないと聞いたことがある。
まさしくその通り、竜崎は他人に愛されるための理由が要らない。あいつはそういう存在なのだ。主人公様とは、総じて無条件に愛される理不尽な存在である。
さすがは、竜崎龍馬だ。
(やっぱりただの主人公じゃないな。あいつは主人公『様』だ……傲慢に、いつもいつも女の子の思いを踏みにじる)
皮肉にも、今回はメアリーさんがその毒牙にかかったのだろう。
可哀想に……でもまぁ、同情なんてしないけど。
だってこんなの、自業自得だ。
自分の欲求を満たしたいがために他人を弄ぼうとした罰なのだろう。
残念ながら、メアリーさんのシナリオは完璧に『破綻』していた。
彼女は結局、クリエイターではなく。
ただのサブヒロインで、哀れなハーレムメンバーの一人でしかなかった。
その事実が、たまらなく滑稽だった――
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