第百二十四話 飢え

 物語を楽しみつくした少女が、やがて作る側になる――なんていうのは、ある意味では当然の流れなのだが。


 しかし歪だったのは、メアリーが天才だったということだ。

 きっと、虚構の物語を作っていたとしたら、後世に残るような名作を数多く生み出すことができただろう。それくらいメアリーのパラメータは振り切れている。


 しかしなんでもできるが故に、彼女は現実を物語にしてしまった。

 虚構を現実で表現してしまえたメアリーは……とても歪んだクリエイターになってしまったのである。


(これなら、これなら……ワタシは一生、楽しみ続けられるっ!!)


 処女作を手がけて以降、彼女は作品を作るようになった。


 もちろん、生み出された作品は誰のためのものでもない。自分だけが楽しむだけので、言ってみればただの自己満足にすぎない。


 でも、それで良かった。他人に理解させる必要なんてない。だって読者は、彼女一人だけである。


 世界は、メアリーを中心に回っている。

 彼女は神だ。クリエイターという俯瞰的な立場から、現実を意のままに操ることができる。


 ずっとずっと、そうやって現実で遊び続けた。

 幼少期の頃は大人を使って、愛憎劇を中心にざまぁ展開を作り続けた。

 思春期になると同級生で遊ぶようになり、スクールラブコメにハマった。大人と違って子供は単純で操りやすいので、それもまた彼女にとって都合が良かったのだ。


 こうやって、思いのままに生きてきた。

 これからもずっと、こんな風に楽しいことだけを続けようと思っていた。


 父親の仕事の都合で日本に来ても、その生活は変わらないはずだった。

 しかし、今日ついに……初めて、物語が歪んだ。


(コウタロウ……余計なことを、しないでよ)


 思い通りにならなくて、イライラしていた。

 モブキャラに邪魔されたことが酷く腹立たしかった。


 竜崎龍馬が計算外のタイミングで告白してきたのは、まぁ仕方ないことだ。こういうタイミングのズレはよくある。だから彼女は過程を気にしない。結果を大切にしているのだが……それにしても、今回のモブキャラは余計なことをしてくれた。


(コウタロウがキラリを受け入れないから、ざまぁの度合いが小さくなっちゃったよ……はぁ、やれやれ)


 彼女は『対比』を大切にしている。

 敵役は不幸に。主人公は幸福に。そのギャップが『ざまぁ』を際立たせる。



 言う通りにしていれば、コウタロウはたくさんの女の子に囲まれて、ハーレムなんていう男の夢を手に入れることができたかもしれないのに……自ら快楽を手放す彼を、メアリーは理解できなかった。


 あの少年はどこかおかしい。


 どこからどう見てもモブキャラでしかないくせに、行動が伴っていない。

 意思がある。信念がある。揺らがない強さがある。本来なら何者でもないはずのモブキャラのくせに、強い『自分』を持っている。


 そんな人間を、彼女は今まで見たことがなかった。

 だからこそ手を出した。この少年であれば、素晴らしい物語を作れると思った。でもそれは、どうやら間違いだったっらしい。


(くそっ……まぁ、いい。これも結局『過程』だ。結果さえ望んだものになれば、それでいいっ)


 自分に言い聞かせる。結局、キラリのことなんて過程に過ぎない。

 大切なのは、竜崎龍馬が不幸になることだ。


 それを見届けることができたら、少しは気分もマシになるだろう。

 そう思って、彼女は教室へと向かう。


 校舎裏で告白された時は『少し待ってほしい』と回答を保留にした。一時間後に、空き教室で告白の返事を伝えることにしている。


 なぜ時間を指定したのかというと、中山幸太郎にその場面を見せるためだった。もちろん姿は隠してもらう。もう、空き教室のどこかに隠れているよう指示は出していた。


 さすがに告白の瞬間に同じ場所にいては、竜崎龍馬が手を出す可能性がある。竜崎龍馬にはただただ不幸になってもらわなければならない。そのために暴力は不要だ。殴って気持ちをスッキリさせる、なんてことも許したくないのだ。


(少し予定はズレたけど……大丈夫。ワタシの作った物語に、駄作なんてないっ)


 いよいよ、この時が訪れた。

 彼女が最も待ち望んでいた瞬間だ。


『ざまぁみろ』


 その一言に飢えている。

 その快楽を、彼女は強く欲していた――

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