第百二十三話 メアリー・パーカー

 ――生まれながらに、全てを持っていた。


 資産家の父を持ち、容姿に優れた母から生まれ、二人の才能を受け継ぎ、物覚えも良かった。やろうと思ってできなかったことなど何もない。メアリー・パーカーは『天才』だったのである。


 彼女にとって『現実』とは作業の繰り返しだった。


 何せ、なんだってできるのだから、当然だ。運動もコーチングされたことを完璧に習得できたし、勉強も一度教わった知識は二度と忘れない。ゲームで例えると、彼女のパラメータは幼い段階でカンストしてしまっており、これからの人生はただの退屈な作業にしかならなかったのである。


 しかし、そんな彼女が唯一、楽しめたことがあった。

 それが『物語』だったのである。


(なにこれ、すごい……!)


 退屈な現実と違って、物語はとても刺激に満ちている。

 リアルに絶望した少女は、フェイクの世界に熱狂したのである。


(もっと、もっと……もっと!!)


 知識欲の旺盛な彼女は、あらゆる物語を知りたくて仕方なかった。アニメ、映画、ドラマ、小説、マンガ、などなど。形は関係なく、片っ端から物語を漁り続けた。


 そんな日々が一年も続いた。

 当時7歳の彼女は、しかしこの年齢で既にあらゆる物語を熟知して、知らないことなどほとんどなくなっていた。


 そんな頃である。メアリーに好きな『ジャンル』ができた。


(ざまぁみろ――!)


 とある物語を読んだ。

 復讐系の作品で、敵役を倒した主人公が幸せになるありふれた物語だ。

 敵役のキャラクターは主人公の敗北をきっかけに落ちぶれ、不幸になっていった。その結末に彼女は言いようのない快感を覚えた。


(もっと、もっと、もっと!)


 楽しいことしかしたくない彼女は、ざまぁ系の物語だけを読みふけるようになった。しかし彼女が永遠に楽しみ続けられるほど、そのジャンルの作品は大量にあるわけではなかった。


 物語は、有限である。

 無限の快楽を求める彼女にとって、その数はあまりにも少なすぎた。


(もっと、楽しみたいのに……!)


 思い通りにならない現実世界に、もどかしさを覚える。

 ざまぁみろ――その一言が言いたいのに、そうさせてくれる物語に出会えない。


 それが、許せなかった。

 手に入らないものがあることが、耐え切れなかった。


 だから彼女は探し続けた。

 ありとあらゆる媒体の作品を漁り、自分が好むジャンルを見つけようと必死だった。


 そんな、ある日のことだった。


(……あれ? 物語って、虚構の世界にしかないものなのかな?)


 不意に、気付いた。

 現実世界なんて退屈でくだらない場所だと思っていたが……あまりにも飢えていた彼女は、ついに現実世界に目を付けてしまったのだ。


(現実って、設定が膨大にあって、ストーリーがグチャグチャで、キャラクターの関係性が複雑なだけで……ここにも『物語』は存在するんじゃないかな?)


 そう。ついに彼女は、見つけてしまったのだ。

 無限の物語に、メアリーは触れてしまったのである。


(だったら、ワタシが調節すればいい。設定を簡略化して、ストーリーを整えて、キャラクターを厳選すれば……物語を見ることが、できるんじゃないかな?)


 仮説に、メアリーは心を躍らせた。

 もちろんそれは、普通の人間にはできないような難しいことである。

 でも、彼女は天才だ。生まれにも恵まれている。欲しいものはすべて手に入れてきた。やろうと思えばなんだってできた。


 だからメアリーには、できてしまったのだ。


(……完成、したっ!)


 最初に作った物語は、両親の愛憎劇だった。


 資産家の家にはよくあることだ。父親はお金のために望まない結婚をしていた。彼には本当は好きな人がいたが、その人と添い遂げることはできなかった。


 そして母親はお金にしか目がない性根の腐った人間だった。家柄が優れており、容姿が整っているだけで、彼女は醜い人間だった。父親のことを金を出す道具としてしか見ておらず、育児も家事も放棄して自分は若い男と遊び暮れていた。


 そんな母親を敵役にした。父親の思い人を探し、運命的な出会いを演出して、かつての恋を再点火させて、母親の不貞を暴いた。


 もちろん彼女は黒幕だ。表には一切出ずに、裏で両親やその関係者を意のままに操った。

 結果、できてしまった。


(ざまぁみろ!!)


 生みの母親の転落劇に、彼女は胸を躍らせた。

 本物の愛を手に入れて幸せそうにしている父を見て、快楽に浸った。


 処女作は、傑作だった――

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