第百二十二話 かつて親友だった人間としての願い
確かにキラリは、自分一人だけの力だと物語を変えられるほどの力はない。ただのサブヒロインで、それ以上でもそれ以下でもなかった。
だけど彼女は気持ちが強かった。
俺がほんの少し煽っただけで、その激情に炎が灯り……やがてその業火は、物語を変える熱量へと達した。
何者でもなかった少女は、怒りを理由にようやく自我を得た。
浅倉キラリのラブコメは、やっとここから始まるのだろう……そう考えると、とても清々しかった。
もう、俺は彼女の他人でしかないけれど。
かつては確かに『友達』だった。いや、それどころじゃない……俺はキラリのことを『親友』だと思っていた。
だから、やっぱり彼女は不幸になってほしい――なんて思えない。
どうか、お願いだから、その思いが報われてほしいと、願っている。
そのためなら、柄にもないことだってできる。
もちろん、さっきの言葉は全て演技だ。素面なら、俺程度の人間があんなに偉そうな言葉なんて使えないに決まっている。
なんとか奮起してほしかった。
メアリーさんに弄ばれるだけの物語を、つづってほしくなかったのだ。
結果、キラリは越えてくれた。
俺程度の人間で妥協することを我慢してくれた。
この先もきっと、彼女は茨の道を進むだろう。今だって彼女の物語には『痛み』が満ちている。それに耐えきれなくて、挫折しそうになっていた。
でも、どうかその痛みに耐えてほしい。
我慢できなくなったら、俺への『怒り』を思い出して、踏ん張ってほしい。
キラリ、俺はずっと君を見ているよ。
片時も目を離したことはない。だって君は、俺の元親友なんだから。
どうか、俺を見返してくれ。
言葉じゃなくて結果で、俺に敗北を与えてくれ。
その時は、土下座でもなんでもする。君の勝利を褒めたたえて、過去の言動をすべて謝る。
だけど、まだキラリは何も手に入れてないんだ。
それでは意味がない。厳しいことを言うようだけれど、キラリは恋に恋する少女のまま、幸福を手に入れることができずに、朽ち果ててしまう。
そんな結末は、望んでいないだろう?
俺だって、嫌だよ。切り捨てられた親友として、すごく情けない。
俺を不要に思ったくらい、竜崎のことが好きになったのなら。
俺が羨ましいと思うくらいの幸福を、手に入れて見せろよ。
それが、元親友としての願いだった。
「くそっ……ま、まぁいいさ。一流のクリエイターは想定外の出来事にも対処できる。いつもと同じだ、過程なんてどうでもいい」
強がってはいるが、計画がずれてきてメアリーさんは苛立っている。親指の爪を噛みながら、ぶつぶつと呟いていた。
「結局、リョウマが振られてしまえば、それでいい。その役割は三流役者のモブキャラではなく、ワタシがやるんだからね……失敗なんて、ありえないんだ。うん、だから大丈夫。ワタシのシナリオは、破綻しない……!」
自分に言い聞かせるような物言いが、なんだか面白い。
まぁ、そうだな。これからは俺ではなく、メアリーさんが役を演じる番だ。
竜崎を振って、俺を好きと言う。竜崎は俺にメインヒロインをまたしても奪われて絶望する……そういうシナリオになっている。
だから、失敗なんてありえない。
ありえないはずなのに、メアリーさんは不安を隠しきれていないように見えた。
さてさて、どうなることやら。
いよいよ、第二部も大詰めである――
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